恥ずかしさと楽しさがごちゃ混ぜ【『蜜柑』4. 初デート③】
店内のお客さんも減った頃、お待たせしました、とイケメンなお兄さんが持ってきたのは、ガッツリ重たいミディアムステーキだった。
「五百グラムあるの。食べる?」
「……私はいいかな」
「バレー部の名残でさ、お腹すいちゃうの!」
そう言うと、カナちゃんは迷わずナイフを切り入れた。あふれ出る肉汁に小さく呻り、フォークを持った手で小さなガッツポーズをする。白いワンピースと黒い鉄板が、冗談みたいに映えていた。また前のめりの彼女は、押し当てるようにナイフを動かすもんだから、上手く肉を切れないでいた。こう切るんだよ、と私がお手本を見せると、彼女もお手本みたいに目を輝かせて、ありがとうと笑って見せた。時々名残惜しそうにしながらも、無我夢中で肉塊に食らいつく彼女は、ちょっぴり下品で、愛おしかった。
カナちゃんは、二十分もしないうちに五百グラムを平らげた。この量を食べたのにもかかわらず、ウエストは引き締まったまま、ご馳走様でした! と元気な挨拶までしていた。無理をさせているのかもしれない。私はそう思って、もともと喋ることは得意ではないのに、あれやこれやと会話を弾ませた。そうして閉店も近づいたころには、店員さんも迷惑そうな表情を浮かべていたけれど、カナちゃんは、私に「ありがとう、もう平気だよ」と微笑んでくれた。
そんなこんなで、店を後にしたのは午後九時を回る頃だった。私たちは、新宿駅まで歩いて帰る道、手を繋いだ。それはカナちゃんの提案だった。
「女の子同士だよ? 気にすることないって」
「そう言うと、私が気にしてるみたいじゃん」
「じゃあ、キョウコはそういうの気にしないの?」
「繋ぎたいなら繋ぐよ」
カナちゃんの指は細くて、ひんやり冷たくて、気持ちが良かった。でも、少しごわっとしている部分もあった。運動をやってこなかった私は、それが心強かったりした。カナちゃんは「女の手じゃないよね」と苦笑ったけれど、それを言うなら、私のムチムチした指の方が恥ずかしかった。カナちゃんはそういう私の感情を察したのか、こちょこちょと手のひらをくすぐってからかってきた。
「やめてよ」
「可愛いなお前」
「普通にくすぐったい」
「じゃあやめる」
「程々にね」
「うん」
私は恥ずかしさと楽しさがごちゃ混ぜになったような、よく分からない興奮のまま、カナちゃんとバイバイした。
素敵なステーキ
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