『蜜柑』1.
(一)みかんのスジ
カナちゃんは、私の枕元に椅子を持ってくると、静かに腰を下ろした。それは病み上がりの私を労わりたいからというより、二人きりになった部屋で、ただ所在をなくしたからのようだった。
「でも、元気そうでよかったよ」
余程沈黙が気まずいのか、必死に言葉を紡ぐカナちゃんに、私は申し訳なさを感じた。黙り込む私に、カナちゃんは今日も思い出話を聞かせてくれる。苦しそうに言葉を選びながら、ただただ真摯に、私と向き合う。
「みかんの白いやつってあるでしょ? あるよね」
「……スジのこと?」
「そう! キョウコはあれ食べる人?」
「食べないの?」
「やっぱり食べるよね。それが普通なんだよね。あー、よかった」
だってね、その白いスジには栄養が詰まっているからとっちゃダメなんだよって、おばあちゃんが言うの。私、怖くなっちゃったの。だって駅のベンチだよ。急に話しかけてきて、私のみかんを指さしてそう言うのよ。……私はいつもスジとらないけど。だけど、赤の他人に急に言われたら怖くなっちゃうじゃない? そうでしょ? 私も、胡散臭いなぁ。信じられないなぁ。このスジ、本当は食べちゃダメなのかなぁって思って。
「だから私ね、そのみかんそのまま持ってきちゃったの。——ほら」
カナちゃんは、黒いリュックサックを慌てて身体の前に持ち出すと、中から大きなジップロックを取りだした。透明なジップロックには、皮がひん剥かれたみかんが丸ごと一つ入っていて、勿論白いスジがついていた。カナちゃんはそのジップロックを私の前に突き出すと、あっ、と小さな声を出して、細い指でジップロックを開け出した。私はその勢いに負けて、苦笑いのまま、大ぶりのみかんを受け取った。
「ありがとう。美味しく食べるね」
「うん、いつでも呼んで。みかんくらい、いくらでも貰ってくるから」
カナちゃんはそのまま三時間程、私の面倒を見てくれた。
(二)失敗
高校生の頃は、大学生はみんなイカしている存在なんだと思っていた。イカしているというのは少し古い言い回しなのかもしれないけれど、でも古臭い言葉だからこそ、私は納得出来ていた。格好よくても格好悪くても、大学生は大学生だ。授業に出ないで遊びまくる大学生も、授業も遊びも器用にこなす大学生も、苦しい苦しい言いながら机に向かう大学生も、結局のところ皆、大学生という人生の夏休みをそれぞれ謳歌しているんだ。あの頃の私は、そういう勝手な印象を「イカしている」という響きに都合よく纏めあげていたまでで、実際のところは、未だ見ぬ大学生をキラキラのフィルター越しに舐めくさっていただけだった。
いざ大学生になってみると、そんな加工は直ぐに取り払われた。高校生の頃に夢見ていたスタイル抜群の私は居なくなっていて、スマホのインカメに映るのは寸胴、安産型、変わらない縮れ毛と、そして能面顔だった。とりあえず綺麗になりたくて、茶髪にしてストレートパーマをかけてみたけれど、肌荒れはどうにもならないみたいで、泣く泣くメイク道具を買い集めた。初めてのバイト代を、全てコスメに費やした。でも、私は無知だった。コスメは私が思っていたよりもずっと高くて、そしていいものばかりで、段々と使うものが限られていった。私は要領を得た気になって、今度はちょっとお高くとまった百貨店に潜り込み、高い服だけを選り好んで買った。そうしたら洋服は話が違ったようで、高かろうが安かろうが所詮は布だった。そういえば、寸胴の自分に似合う服など無かった。骨格診断なんていう便利なものを知るのは、まだ先のことになる。
五月は一瞬で過ぎ去り、梅雨に差し掛かると、せっかくのブラウンはプリンに変わり、ストレートは縮れ毛に戻り始めていた。雨が窓を叩き付けていたあの日、電車がトンネルに入った瞬間、私は正面に写った自分の顔を見て、急に惨めになった。
(何やってんだろう、私。)
私は泣きながら家に帰った。玄関でお母さんに慰められると、その夜改めて、大学デビューを意気込んだ。糖質ダイエットをして、いらないコスメと洋服はメルカリで売って、肌質改善メソッドを軒並み試していった。時間がかかっても、徐々に加工される自分の姿が愛おしくて嬉しかった。
蝉の声がうるさい七月、私は真っ白しろなシャツワンピースをお気に入りにしていた。その日の私は特に上機嫌で、確か新品のキャンパスシューズを履いて家を出たはずだ。近所の和菓子屋さんは、湯気を上げる程熱い道路に打ち水をしていて、そういえば私はるんるんとスキップをしていたかもしれない。ともかく一限に余裕で間に合う時間、電車に乗り込んだ。今日の授業はなんだっけなとスマホを開く。刹那、画面に映った自分が可愛い。……あれ、電話だ。先生からだ。私は一度電車を降りて、折り返し電話をかける。タカハマ教授は格好いいおじさんで、私あの人の授業好きなんだよな。急にどうしたんだろうな。もしもし。
「キョウコさん。履修状況って、確認できますか」
(三)カナです。
目を覚ますと、そこは駅員室のようだった。ゆっくり身体を起こすと、じわじわとした痛みが膝と肘、側頭部に蘇ってきた。
「おはよう」
高く澄んだ声が、正面から聞こえた。その短い挨拶を、私はいまいち聞き取れなくて、思わず、え、と聞き返してしまった。
「おはよう。熱中症と脱水症状だって」
今日暑いもんねぇ、と、細い手でパタパタ私を扇ぎながら、その女の子は笑っていた。簡素なショートカットが風になびく。その声と動きが、風鈴を彷彿とさせた。
「カナです。必修で一緒のクラスだよ。まあ、初回出たきりもう出てないんだけどね」
「……ああ」
「あれっ。もしかして、人違い……ですか?」
「えっ、いや」
「え……?」
「キョウコです、キョウコ」
「だよねっ。ふう、キョウコキョウコ」
彼女は、カキクケコの発音がとても綺麗だった。艶やかな唇が母音をしっかりと追い、それにつられて表情も豊かに揺れる。
「あっ、違うよ。もしやって思っちゃったの。キョウコ、だいぶ見た目変わったもん。すごい可愛くなった」
私が見つめていたのを、疑いの目だと勘違いしたのか、カナちゃんは慌てて席を立った。何が違うのかは分からないが、彼女の自然な褒め言葉が嬉しくて、私はありがとうと呟いた。へへ、と椅子に座り直す彼女の姿を見て、私はふと気づく。
「その服」
「ねー! 同じとこのだよね。可愛いよね」
「新宿の」
「そう!」
カナちゃんとの出会いは、私が覚えてる範囲だとこれが初めてになる。ただ彼女によると、私たちは必修第一回目の授業で会っているらしい。でも、不思議なことに私には一切覚えがない。なぜだろう。こんな子がいたら絶対見逃すはずがないのに、と私は今でも思う。
*
カナちゃんは浪人生で、私の一個歳上だった。やけに身長が高いと思ったら、中学高校とバレーボールをやっていたらしい。しかもミドルブロッカーで、チームで一番スタイルが良かったんだよ! と、彼女自ら教えてくれた。
私が先生と電話をしていた時、カナちゃんはホームのベンチに座って、みかんを食べていたらしい。これは受験生の頃から続けている毎朝のルーティンらしく、そこはさすがスポーツマンだなと感じた。そしてその時も彼女はやはりみかんの皮をひん剥き、ひと房ずつ口に運び、最後に一番大きいひと房を食べようとした時、目の前に自分と似たワンピースを着た子、つまりは私がいることに気づいた。しかもよく見るとメーカーまで一緒だったもんだから、カナちゃんは嬉しくなって私に近づいて、声をかけた。彼女が説明するに、私はそこで卒倒したとのことだった。でも、本当のところは分からない。というのも、彼女曰く私には「声をかけただけ」だったらしいが、私は自分が倒れる直前に、左肩をポンポンと——なんなら少し強めにトントンと、後ろから叩かれたのを覚えている。——まあ、どっちでもいい。本当にどっちでもいいと思わされるような不思議な魅力が、彼女にはあった。実際彼女のせいでなくても、そうしてしまいたくなるような説得力、存在感があった。
「私すっごい大きな声出しちゃったんだよ。自分でもびっくりしたもん。『誰か! 助けてください! 』ってもう腹から声出して、全部モドしちゃうかと思ったの」
「汚いなぁ」
「最後のひと房を持ったままね、こう」
大きく手を振るように、助けを求める真似をするカナちゃんは、天井の扇風機に危うく指を挟みかけた。
「あぶないよ」
「だからそう、私多分キョウコにみかん押し付けちゃったの。ワンピに匂いついてたらごめん」
「大丈夫だよ、だってもう汚れちゃったし」
「泥くらいなら洗えば取れちゃうよ。血じゃないから大丈夫。キョウコさえ良ければ、私が洗うよ」
「お母さんみたい」
「そう?」
カナちゃんは胸を張り、したり顔をする。ツンと高い鼻、薄い唇。こう見ると、端正な顔をした年下の男子のようにも見えた。
「でも、どうしたの。なんかあった?」
カナちゃんの視線は、考えを巡らすようにわざとらしく左に逸れてから、私に戻った。
「言えないこと、かな」
正直なところ、言えないことなのかどうか分からない。おそらく、私に起こったこと自体は大したことではないんだろうから、気にしないで言っちゃえばいい。むしろ、これはあまり言っていいことではないのかもしれないけれど、カナちゃんが経験したような浪人に比べたら、本当に本当に、私の失敗は些細なことなんだろう。でも私は、私の失敗を言いたくない。今はまだ、恥ずかしい。
「……遊ぼっか」
「え?」
「どうせ今日、大学行かないでしょ」
「行きたくない」
「なら遊ぼうよ。お買い物行こう」
「これから? どこに?」
「うーん、あっ」
カナちゃんは真っ白な指で私の服の袖をつまんだ。私はそれを目で追って、今更、ターコイズブルーのネイルに気づく。
「まだ売ってるかな」
「お金ないもん」
「奢るよ?」
「ええ!?」
「うわ、おっきな声。行こう行こう、今日はキョウコのご褒美デーなの」
カナちゃんは、私のストローバッグをひょいと持ち上げた。ところが、見た目に似合わず重たいバッグに驚いたのか、そのまま大きくよろけてしまった。彼女はちょっと息を呑んでから、しまったという顔をして、これが持てるなら元気だよーと笑って誤魔化した。その声を聞きつけたのか、駅員さんが仕切りの向こうから顔を覗かせて、カナちゃんに容態を聞く。大丈夫です、と誇らしげに言うカナちゃんは、黒いリュックサックにストローバッグを抱えていて、その姿が私には少し面白かった。私は笑いを堪えるために少し俯いたが、左肩からほんのりとみかんの香りがすることに気づくと、耐えきれずに吹き出してしまった。
(四)初デート
平日の昼間なのに、新宿は人で溢れていた。私がその混雑に驚いていると、カナちゃんがいつもこんなだよと額の汗を拭った。前髪は額に引っ付かず、サラリと定位置に戻る。
「デートなんて久しぶりだなぁ」
「私もだよ」
電車で移動中、カナちゃんは沢山の人の視線を集めていた。女子高生の憧れの視線から、OLの妬みの視線、サラリーマンの下品な視線まで総なめだった。そんな彼女に今、彼氏はいるのだろうか。彼女がいても、おかしくはない。
「てことは、彼氏募集中?」
「えっ?」
私は募集中だよ、と戯けるカナちゃんに、私はなんだか負けた気がして、
「いるよ」
「えっそうなの!?」
「うそ」
「いるんだ。そっかぁ」
「いや、うそだから」
「キョウコめちゃくちゃ可愛いもんねぇ」
そんな会話をしながら、私達は新宿を練り歩いた。カナちゃんの足取りに迷いはなくて、私に着せたい服を熱弁したかと思えば、私が着たい服を一緒になって考え出したりもした。お目当てのワンピースは店頭になかったものの、ペアルックじみた姿はさすがに目立ったのか店員さんが即座に駆け寄ってきて、二つ返事で私たち二人分、一週間後の入荷を約束してくれた。カナちゃんの笑顔に、店員さんもイチコロのようだった。
「これで、来週もデートできるね」
ワンピースの裾を翻すカナちゃんを見て、私は彼女がヒールを履いていることに気づいた。道理で、身長が高いはずだった。元々165cmだとかそこらで、今は170cmくらいだろうか。こうして見ると、文字通りつま先から髪の先まで、一切の非の打ち所がなかった。一見無粋な黒いリュックサックも、彼女は上手に合わせていた。私と違って、モデルみたいだった。
カナちゃんは何をしている人なんだろう。大学生だけど読モとか、女優さんとか——スカウトなんて、引く手数多なんだろうな。もしかして、ちょっとエッチなお仕事をしているのかもしれない。それでも全然いいと思う。——私は、何を考えてるんだろう。
カナちゃんは、下のフロアへ降りるエスカレーターに足を向けながら、ひょこっと私の顔を覗き込んだ。
「重い? 持とっか」
これは全部、私の服だ。しかも、カナちゃんの奢り。
「ありがとう、平気」
「……ヒールは、あまり好きじゃなかったりする?」
疑問の投げかけと言うよりかは、思いつきの独り言のようだった。
「ううん、格好いい。私には履けないけど」
「なんでよー、履けるよ。私に任せて」
「うん」
と言う相槌を一人反芻した。同時に、うん、だなんて久々に言ったなと思った。
いや、そんなこともなかった。ただ今の「うん」に、自ら勝手に安心しただけだった。目の前のカナちゃんは、両方の手でトントン拍を取りながら、辺りを見回している。理由は分からないけれど、楽しいとは思っているみたいで、だったらそれで、とりあえずはいいのかもしれない。
いつの間にか、カナちゃんがこちらを向いていた。一段下に立つカナちゃんの視線の高さは、私のそれと同じくらいだった。ゆっくりと下るエスカレーター。私は俯いた。このままだと体内の水分が全部持っていかれるような気さえして、下唇を噛んで堪えかけて、
「任せて」
あとは感情のまま、任せるしかなかった。
*
百貨店を出ると、空はもう真っ暗になっていた。客引きは無視だよ、と繰り返しいうカナちゃんに手を引っ張られつつ、私は疲れもあったからか、夢見心地に幸せを味わっていた。カナちゃんの案内でオシャレなレストランに入ると、カナちゃんはステーキプレートとチャイティー、私はとりあえず落ち着くからという理由で南瓜の冷製スープを頼まされた。店員さんがメニューを回収してからしばらくの間、カナちゃんは何も言わないで、私が落ち着くのを待ってくれた。時々、大丈夫? とだけ聞いてくれた。また少し時間が経つと、ステーキよりも先にチャイティーと冷製スープが来たので、二人で「いただきます」とだけ言って、静かに食事を始めた。南瓜のスープなんて、家ではほとんど飲まないので、なんだかそれだけで楽しかった。
「あまっ!」
と言うカナちゃんに少し驚いて、私はスプーンをお皿にカツンと当ててしまった。
「あ」
「チャイティーってこんな甘いんだ」
「そうなの」
「飲んだことある?」
「ない」
「飲んでみて。ティーって言うのに甘い」
「ミルクティーだって……甘いよ」
カップの飲み口に、リップの痕。
「……」
「あ、ミルクティーなんだって! 香辛料入りのミルクティー」
「辛いの?」
「ちょっぴり刺激的」
ひー、と口内の辛さを冷ますような素振りを見せて、カナちゃんは小さなスマホから顔を挙げた。彼女と視線があう。うん? と言わんばかりのとぼけ顔に視線の行き場をなくした私は、そのままチャイティーを飲んだ。甘くて、辛かった。
ステーキが来るまでにはだいぶ時間があるようで、私が冷製スープを飲み終わる頃には、また静かになっていた。然しそれは気まずい沈黙ではなく、優しい沈黙だった。それからまた時間がたち、何分経ったかも考えられなくなった頃、私はふぅーという深呼吸を何度も繰り返して、そのうえで更に一呼吸おいて、履修登録を忘れた、とだけ言った。そうしたらカナちゃんは、ありゃ、と言った。それだけだった。今学期はもうゼロ単位なんだ、と言うと、カナちゃんは私もだよ、と悪い顔をした。そしてやはり、それ以上は何も言わなかった。ただそこに残ったのは、カナちゃんの意地悪な顔。たとえるなら、夏休み開始前日の小学男児の顔だった。とっても、イカしていた。
「……この夏、帰省する?」
カナちゃんは、試すような目で問いかけてきた。
「私の家、おばあちゃんちのすぐ近くだから、いつもしてない。カナちゃんは?」
「うーん、しない! 私、一人暮らしなの」
「そうなんだ、大変だね」
「そーでもないよ、慣れちゃ楽だよ」
浪人中も一人暮らしだったからね、と言いながら、カナちゃんはチャイティーをかき混ぜる。温かい笑顔で、チャイティーの渦を見つめる。
「……チャイティーって混ぜるの?」
「混ぜないの? 混ぜない方がいい?」
「私は混ぜない派」
「えー、じゃあやめる」
「混ぜても美味しいと思うよ」
「どっち」
私達はそんな他愛もない話に花を咲かせて、ステーキプレートを待った。
*
店内のお客さんも減った頃、お待たせしました、とイケメンなお兄さんが持ってきたのは、ガッツリ重たいミディアムステーキだった。
「五百グラムあるの。食べる?」
「……私はいいかな」
「バレー部の名残でさ、お腹すいちゃうの!」
そう言うと、カナちゃんは迷わずナイフを切り入れた。あふれ出る肉汁に小さく呻り、フォークを持った手で小さなガッツポーズをする。白いワンピースと黒い鉄板が、冗談みたいに映えていた。また前のめりの彼女は、押し当てるようにナイフを動かすもんだから、上手く肉を切れないでいた。こう切るんだよ、と私がお手本を見せると、彼女もお手本みたいに目を輝かせて、ありがとうと笑って見せた。時々名残惜しそうにしながらも、無我夢中で肉塊に食らいつく彼女は、ちょっぴり下品で、愛おしかった。
カナちゃんは、二十分もしないうちに五百グラムを平らげた。この量を食べたのにもかかわらず、ウエストは引き締まったまま、ご馳走様でした! と元気な挨拶までしていた。無理をさせているのかもしれない。私はそう思って、もともと喋ることは得意ではないのに、あれやこれやと会話を弾ませた。そうして閉店も近づいたころには、店員さんも迷惑そうな表情を浮かべていたけれど、カナちゃんは、私に「ありがとう、もう平気だよ」と微笑んでくれた。
そんなこんなで、店を後にしたのは午後九時を回る頃だった。私たちは、新宿駅まで歩いて帰る道、手を繋いだ。それはカナちゃんの提案だった。
「女の子同士だよ? 気にすることないって」
「そう言うと、私が気にしてるみたいじゃん」
「じゃあ、キョウコはそういうの気にしないの?」
「繋ぎたいなら繋ぐよ」
カナちゃんの指は細くて、ひんやり冷たくて、気持ちが良かった。でも、少しごわっとしている部分もあった。運動をやってこなかった私は、それが心強かったりした。カナちゃんは「女の手じゃないよね」と苦笑ったけれど、それを言うなら、私のムチムチした指の方が恥ずかしかった。カナちゃんはそういう私の感情を察したのか、こちょこちょと手のひらをくすぐってからかってきた。
「やめてよ」
「可愛いなお前」
「普通にくすぐったい」
「じゃあやめる」
「程々にね」
「うん」
私は恥ずかしさと楽しさがごちゃ混ぜになったような、よく分からない興奮のまま、カナちゃんとバイバイした。
初デートまでです
次回は、2回目のデートから
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?