みかんの白いやつってあるでしょ【『蜜柑』1. みかんのスジ】
(一)みかんのスジ
カナちゃんは、私の枕元に椅子を持ってくると、静かに腰を下ろした。それは病み上がりの私を労わりたいからというより、二人きりになった部屋で、ただ所在をなくしたからのようだった。
「でも、元気そうでよかったよ」
余程沈黙が気まずいのか、必死に言葉を紡ぐカナちゃんに、私は申し訳なさを感じた。黙り込む私に、カナちゃんは今日も思い出話を聞かせてくれる。苦しそうに言葉を選びながら、ただただ真摯に、私と向き合う。
「みかんの白いやつってあるでしょ? あるよね」
「……スジのこと?」
「そう! キョウコはあれ食べる人?」
「食べないの?」
「やっぱり食べるよね。それが普通なんだよね。あー、よかった」
だってね、その白いスジには栄養が詰まっているからとっちゃダメなんだよって、おばあちゃんが言うの。私、怖くなっちゃったの。だって駅のベンチだよ。急に話しかけてきて、私のみかんを指さしてそう言うのよ。……私はいつもスジとらないけど。だけど、赤の他人に急に言われたら怖くなっちゃうじゃない? そうでしょ? 私も、胡散臭いなぁ。信じられないなぁ。このスジ、本当は食べちゃダメなのかなぁって思って。
「だから私ね、そのみかんそのまま持ってきちゃったの。——ほら」
カナちゃんは、黒いリュックサックを慌てて身体の前に持ち出すと、中から大きなジップロックを取りだした。透明なジップロックには、皮がひん剥かれたみかんが丸ごと一つ入っていて、勿論白いスジがついていた。カナちゃんはそのジップロックを私の前に突き出すと、あっ、と小さな声を出して、細い指でジップロックを開け出した。私はその勢いに負けて、苦笑いのまま、大ぶりのみかんを受け取った。
「ありがとう。美味しく食べるね」
「うん、いつでも呼んで。みかんくらい、いくらでも貰ってくるから」
カナちゃんはそのまま三時間程、私の面倒を見てくれた。
不定期更新です。
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