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野生のもろさと生態系の新陳代謝 -星野道夫「魔法のことば」

移動中の時間は、やりたいことがたくさんある。

冬になると編み物、本を読む、仕事をする……などなど。

時間は有限で、気持ちの優先順位と、タスクとしての優先順位が交錯して結局仕事をしてしまいがちなのだけれど、本を読みたい欲は、つねにうずいている。

ということでいくつかの本を読み終わったのだけれど、最近読み終えたのが、星野道夫さんの『魔法のことば』。

さまざまな場所で講演をしてきた星野さんのお話を、聞き書きしたようなオムニバス。

北海道にいると、星野さんの話が、寒い日に飲むあったかいお茶のようにじんわり、しみる。

恥ずかしながら存在こそ知っていたが、星野さんの著書も写真も、きちんと拝見したことはなかったのだけれど、北海道という土地柄、自然、星野さんにインスピレーションを受けた人も少なくなく、かつ民泊に本を持ってきていただくと朝食サービスというオプションを始めてから、ほんとうにたくさんの良質な本が集まってきて、その中に星野さんの本や写真集も数冊あった。

その一つが『魔法のことば』だった。

お客様が持ってきてくれた本はいくつか既に読んだけれど、読後もずっと印象に残っているお話が、この本にはある。

野生は、人の手が加わらないからこそ、もろいのだ、ということ。

ムースというトナカイよりも大きなツノと体を持つ動物たちの群れを、星野さんはキャンプをして撮影しているのだが、ムースたちが暮らしているのは国立公園でも人間が管理している大地でもない。

人の管理に置かれた国立公園などの動物は、野生ではあるが、ある程度人の調査の対象だったり保護下にあったりする。

何もしなくても、絶滅してしまうというのは、なんて皮肉だろう。

人がいてもいなくても、ほんとうはどうぶつたちには関係ないはずなのに。

星野さんは、北海道に憧れて、それから興味はアラスカへ移り、ご本人もほんとうにアラスカで暮らし始めた。

アラスカは北海道の何倍ものスケールの自然で、人の暮らしを見守っている。

支えもするし、奪いもする。

わたしも、北海道に引っ越してから「生かされている」感覚をひしと感じることが増えた。

星野さんのような目線の深みには程遠いけれど、北海道に来なければ、本に書かれた野性の脆さにショックを受けることはなかったかもしれない、と思う。

何が、どうショックだったかって、ムースの群れが例えば人間の作った国立公園の中で生きていたら絶滅の危険性は軽減されるかもしれないということ。

野生の底力や生態系は、力強く感じるけれど、もしかしたらほんとうは、とてもこわれやすいものなのかもしれない。

だからこそ、何度もいろんな生物が生まれては絶滅して、これからもそうやって代謝が繰り返される。

人間は、一度人の手が加わったものを完全に放置することはできない。

野生の壊れやすさを、人為的に補強したり、調整したりすると本来の野生の代謝のバランスが崩れてしまうから。

野生のもろさは、人のエゴで操作していいものではないのだろう。

そして、人間も、代謝のサイクルに組み込まれている。

だからいつかはきっと、絶滅するだろう。

長い間、人為的に減らしたり増やしたりして、人間のサイクルは、もうとっくに、狂ってしまっているのかもしれないけれど。

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