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もやもやしている話

最近よく、パワハラセクハラなど○○ハラという言葉をよく目にする。現職でも「ハラスメント研修」があったり、来年法制化されるとかでなにかと社会的に無視できないワードだ。

私自身も「あれ、これって…………ハラってやつか?」

とふと思う時がある。終わらない若手をおもちゃにする飲み会、不備があるととんでくるバインダー、頭を叩かれおしりを蹴られ……

ぐっと堪え、頑張ろう!と辞めたい!の狭間でもやもやしていた時に上司たちはよく

「若いやつはすぐハラスメント!って言うよな、耐えろよ」

「理不尽だった経験はあるだろ?今思えばよかったと思えるだろ?だから理不尽は耐えなきゃなんだよ」

「俺たちの時はどんなにしんどくても耐えて耐えて…そうすれば今は給料が社会的には貰えてるほうだろ?どうせ仕事でやりたいことなんてないんだからしがみつかないと」

と仰る。

「耐えること」そして「ずっと同じ会社に務め続けること」が美徳とされてきて、上司たちもそうあり続けるべきだと考えているのだろう。終身雇用が当たり前だったからや、就職氷河期でやっとの思いで掴んだ仕事だから等、様々な要因が考えられる。私自身この考えを否定するつもりは毛頭ない。

だが、数年後、十数年後に私が目指している姿ではなさそうだなとも感じる。

現在中途採用の活発化、第二新卒という新たな採用形態、等キャリアの形成がかなり多様化していると感じる。

そんな中、理不尽なことをじっと耐え続けずっと同じ企業に勤めることが果たして美徳なのだろうか。

数十年後、どのようなスキルが身についているのだろうか。市場価値があるのだろうか。

わからない。

私は未熟で指導されることが多いのもわかる。社会的に○○ハラに当てはまる指導法でも、上司たちにとっては通ってきた道であたりまえなことなのであろう。だから我々若者や社会が「ハラスメントや!」と叫んでも「あんなんで言うとは甘っちょろい。適切な指導をしてやってるのに。」となってしまうのもわかる。
私は女だが、総合職として男とまじってやって行かなきゃならない、一般職とは違う覚悟があるとアピールしないと行けないのもわかる。

だが、今の世の中的にアウトであることに耐え続け本心を殺さなければ行けないのかがわからない。

もやもやは日に日に増していく一方だ。

このもやもやを持ったまま年次を重ねて上司たちから言われることを部下に言うか、

他のキャリアに舵をきるか、

悩みは尽きず、毎日がすぎる。

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