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第1話 「未来と勇気の放課後」

 ――どうして、あんな歯切れの悪い返事を…。
 すっかり人のいなくなった教室で、私はひとり、大きなため息とともに頭を抱えた。

 内申点のためクラブ活動に参加する意思があったとはいえ、あれじゃあまるで検討してみますと言っているようなものだ。

 大体、私はすでに入部する候補を「茶道部」「文芸部」「プログラミング部」の三つに絞っていた。その選択の基準は「興味の有無」「気分転換になるか否か」「受験勉強に支障がないこと」。そしてさらに熟考を重ねて判断した結果、茶道部に決めかけていたのである。

「社会学部」について話す眞家翔吾を、私はくだらないと一蹴することができなかった。
あの「四時間目」がなかったら、きっと私は聞く耳すらもたなかったと思う。

 今日の四時間目の眞家さんは精彩を放っていた。普段とは全然違って…いえ、私が今まで気がつかなかっただけなのかもしれない。彼の「質問」を、取るに足りない価値のないものとしてしか受け止められなかったのだから。
私が驚かされたのは、眞家さんだけじゃなかった。
クラスメイトらの、核心を突くような数々の発言を思い返す。

 進学塾でトップクラスの成績を維持しようが、
 狭い世界でスーパーガールともてはやされていようが、
 本に記されている既存の情報をなぞることしかできず
 正しい答えが定められたものにしか堂々と発言できない私は――

『期待していますよ、未来。あなたにはもう、後がありませんからね』

 ――ごめんなさい、おばあちゃま。
 どんなに頑張っても、私は、スーパーガールになれそうにありません。

 茶道部、と記入済みの入部届をくしゃりと握りつぶし、私は教室を後にした。

 私が受験する天藍女学院中等部は小中高一貫のお嬢様学校だ。

 創立から百年以上の歴史をもつ伝統校で、昔からお嬢様学校といえば真っ先に天藍の名が挙がる。それも、ただのお嬢様学校ではない。

 家柄はもちろん、在籍している生徒は学力もトップクラス。おまけにピアノや水彩画の腕前が一流であるとか、多方面に才能をもつ子たちがわんさかいる。卒業生には著名人も多くて、各界に優秀な人材を輩出しているんだけど、それもそのはず。ただでさえ有望な人物が、天藍が誇る無二の教育…豊かな学識と品格を養うに充分な人間教育を受けるっていうんだから無敵よね。

「天藍女学院の周りだけ空気が違う!」なんて声もある一方で、天藍を目指す人たちの間では「スーパーガールしか入学できない学校」とささやかれてる。そうね…何が保証になるのか定かではないこの時代にあってさえ、「天藍出身」の肩書きは誰にとっても魅力的で、確かな評価の対象になるような学校、と言えば、その価値は伝わるかしら。

 …そんな天藍女学院に、私は本来ならもう通っているはずだった。
「はず」、だったのよ。

 笠原家の女子は皆、代々小学校から天藍に入る。
 おばあちゃまはもちろん、おばあちゃまの娘であるお母さまも、そしてお母さまの二人の妹とその子どもたち(つまり、私にとっては従姉妹にあたる)も皆もれなく小学校から天藍に入学していて、校内で「笠原」といえば知らない人はいないというくらい高名な名前だ。

 おばあちゃまもお母さまも、それぞれ天藍女学院での思い出話をたくさん私に聞かせてくださった。御学友との楽しかった時間。印象深い名物先生のこと。忘れられない学校行事の数々。大変なこともあったけれど天藍での日々は何にも替えがたい宝物だって…

 二人の口から語られるキラキラ輝くような話を耳にするうち、気がつけば私も天藍での学校生活に憧れを抱くようになった。

 私の憧れの気持ちはどんどん加速して、外出先で天藍の小学生を見ると、無意識に目で追いかけ、天藍の制服(可愛いとは言えないけど、クラシカルなデザインで私は好きだ)に身を包む自分の姿を何度も想像した。

「未来。私もあなたから学校生活の話を聴くのを楽しみにしていますよ。あなたもゆくゆくは、天藍に通うのですから」

 おばあちゃまは思い出話の後、いつもこう言って、「未来、期待していますよ」と私の頭を撫でてくださった。

 そう、小学校から天藍に入るのは笠原家では当然のこと。
 私も当たり前のようにその仲間入りができるものだと思っていた。と言っても、思うだけじゃなく、幼稚園の年少から受験のためのお教室にいくつも通い、対策に励んできたのよ。天藍の試験内容は他の学校と比べても特殊だということで、卒業生が運営する天藍専門のお受験塾にだって通った。

 頭を使う問題、身体を使う課題、お箸の使い方やお食事の作法、そして、集団行動…私はなんでも一番にできた。

 生来の飲み込みの早さは多少あったかもしれない。でも、私は毎日努力したの。家にいるときも、ずっと、ずっと天藍に入るための努力は惜しまなかった。その甲斐あってか、私の合格は先生方全員から確実だと太鼓判を押されていて、定期的に行われる面談時のアドバイスは体調管理に気を配ることくらいだった。



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