わたしとキムくん #5 やさしい気持ち
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キムくんへそう告げて、トイレへ向かった。
心を落ち着けるために。
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ふぅ……
洗面台で息を整える。
なんで、こうなっちゃったんだろ。
なんで?この間まで全然そんな感じじゃなかったじゃん……
…
…
…
2週間ぶりくらいに会ったキムくん。
キムくんの髪型が、
コボちゃんになっていた。
そういえば、髪の毛切りに行くって言ってたけども……
コボちゃんヘア?マッシュルームヘア?は確かに韓国でよく見かけるけども……
個人的に、この髪型にしていいのは、子ども、
もしくは、すごくお洒落な人だけだと思ってる。
ホットペッパービューティーで、"コボちゃん"と検索をかけてみても、大体ヒットするのは可愛い子どもたちのカットである。
人を選びまくるこの髪型。
お洒落に興味のない一般人がこの髪型にすると、バナナマン日村になってしまうのだ。
キムくんには、このコボちゃんカットが致命的に似合っていなかった。
キムくんの髪は真っ黒で、サラサラで、見れば見るほど日村ヘアーに見えてきてしまう。
トイレを出たわたしは何事もなかったように冷静に振る舞おうとしたが、内心ずっと動揺していた。
駐車場の料金を払わずに出発しようとして、上がったままのバーにタイヤが引っ掛かり、「ガコンッ」となってしまうくらいに動揺していた。
あたふたしながら、キムくんを助手席にのせてようやく出発。
どうしよう……
わたしはお世辞にも、「キムくんも似合ってるよ」なんて言ってあげられない……
いや、でもたかが髪型なんだけど……
でも、でも……
一通り会話をした後、何を話したらいいのかわからなくなってしまった。
そうだ、何か音楽を……
そこで、キムくんが知っている米津玄師やあいみょんの曲をかければ良いもののを。
さっきまで感極まって泣いていたのに、心の整理がつかないままどうしたら良いのかわからなくなってしまったわたしは、椎名林檎を爆音でかけて、キムくんの目も気にせず大きな声で歌った。
ランチも、その後行ったカフェでも、会話はあるものの、どこかうわの空になってしまうわたし。
そんなわたしの態度に連動してなのか、キムくんもなんだかぎこちなくて、会話が弾まない。
どうしよう……
どうしても、どうしても、コボちゃんが気になってしまう。
「なんでその髪型にしたの?」とか、
「前の方が良かったな…」とか、
「コボちゃんっていうキャラクターみたいだよ」とか、
明るく言ってみようかな?とも思ったけども、傷つけてしまわないかと思って、言い出せなかった。
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祇園の宵山まで時間を持て余したわたしたちは、その後神社へ行った。
そうだ!こんな時は神頼みだ。神様にお願いしてみよう。
二礼二拍手一礼をして、神様に念入りにお願いをする。
参拝した後、おみくじを引いてみたら、大吉だった。
わりといいことばかり書かれてあったのだが……
…
…
…
お分かりいただけただろうか。
「恋愛」のところ。
ほかはいいことばかり書いているのに、恋愛のところはなぜか。
「一線を超えるな」
つまり、そういうことなのかもしれない。
いや、たかがおみくじやけども。
いや、でもでも。
今の心情にドンピシャすぎる。
神社を後にしたわたしたちは、パン屋さんや本屋さんにも立ち寄ったりして、祇園祭までの時間を過ごした。
が、
やっぱりなんだかお互いなんだか少しぎこちなくて、恋愛が発展しそうな気配はない。
バチェラーで、お互いそこまで気が乗り切れていない相手とのデートってきっとこんな感じなんだな、と思った。
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夕方ごろ、キムくんが宿泊するホテルに到着し、先にチェックインすることに。
そう言ってキムくんはホテルの中へ入って行った。
車の中で1人、心を落ち着ける。
そんなことを悶々と考えていると、キムくんが戻ってきてこう言った。
どこかで時間を潰したかったけど、田舎のめんどくさいところ。誰が何してたなんてすぐ広がってしまう。
どこどこの、だれだれちゃんが、男の子と一緒にいたよ、なんて。
最近までしばらく地元には住んでいなかったものの、こんなお祭りの日は特に知り合いにバッタリ会ってしまう可能性があるので要注意だ。
キムくんのコボちゃんヘアは、日本の田舎の中でみると、妙に目立つし。
そう、キムくんが言った。
……デートだという意識はあるんだ。
でも、ごめん。
これをデートだと認めたくない自分がいる……
キムくんの「デートだよ」発言をスルーして、わたしは車のエンジンをかけた。
今日再会してから今まで、わたしの態度を少し冷たく感じてしまったかもしれない。
でもごめん。今のわたしにはこれが精一杯だ。
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自分が通っていた小学校、中学校、小さい頃に住んでいたアパートなどをドライブして、公園に車を止めて河原まで歩いた。
広い川面に映る夕日が綺麗だった。
緩やかに流れる水の音と、少しずつ赤く染まる空が雰囲気を演出してくれている。
景色の力も借りて、ゆっくりと優しい時間が流れる。
コボちゃんヘアを視界に入れずに、こうやって2人で並んでいると、やっぱり落ち着くんだよなぁ……
30分ほどのんびり雑談していたら、ちょうどいい時間になってきた。
わたしがそう言うと、キムくんが先に立ち上がって、手を差し出してくれた。
厚みがあって柔らかい、温かい手だった。
そのまま手を繋いで歩くのかな、と思ったのだけど、わたしが立ち上がったら、キムくんはすぐに手を離した。
そのまま手を繋いでいてくれたら、わたしもドキドキするかもしれないのに。恋愛ってそういうところから始まるんじゃないのかな……?
デートだと思いたくない気持ちと、でもときめく瞬間を待っている気持ち。
これがデートなら、コボちゃんが気にならないくらい、もっとキュンとさせてほしい……
女心と秋の空。
なんだか矛盾しているなと自分でも思ったのだけど、それが正直な気持ちだった。
続く…
▼"やさしい気持ち" /Chara
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