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利己主義と功利主義

ビジネスは常に「利潤」という結果が求められ、その結果が全ての世界です。そういう意味ではビジネス界は帰結主義といっても過言ではありません。帰結主義は、倫理的利己主義と功利主義と区分することができます。

これら二つの主義の共通点は、善の根拠を心の快さや満足度に求めます。言ってみれば、倫理的に正当化できる行為は、その行為をすることによって快楽(幸せ)を感じ、不快(不幸)の思いが減少するような内容で構成されていなければなりません。故に倫理的利己主義と功利主義は、共に「快楽(幸福)は抑制されるものではなく、むしろ最大限に獲得するべきである」といった人間の本性に基づいた極めて現実的な考え方です。

この考えが特に強いのが、自分自身への利益が最大限になる行為を主張する倫理的利己主義です。この考え方は企業経営の第一義に共通しています。利己主義は一般的に反倫理的と見なされる場合が多いですが、利益を最大限に獲得するという思いと努力は企業経営の根本的な考え方であり、この本性を積極的に肯定していくことを評価した立場が倫理的利己主義です。

このように自己利益の最大化の立場をとる利己主義は、企業の存在意義と一致します。また、企業アイデンティティの確立のため「企業ブランドを大切にする」ことに従事しようとする企業方針は、企業にとって本位的な目標であり、その方針を優先的に実現化しようとする行為は利己主義的と言えます。

企業経営者が、自社の得る効用を最大限に獲得することを目指してビジネスを運用することは当然であり、企業経営の理論の根底には利己主義が存在していると言えます。資本主義下での企業経営は、ビジネスで得る利益を増大させて拡大再生産することが社会的使命です。成長する企業が増えれば増えるほど国力も増すことになりますので、自由主義体制では企業が利己主義的に利潤を増大させることは全く問題ありません。ましてや現在の株主重視型の企業構造は、株主に対して利潤を最大限に分配しなければなりません。配当を無視してまで社会に慈善事業するようなビジネス判断は、企業に出資している株主への背反行為と言えます。

利己主義の欠点をあえて挙げるとするならば、倫理的利己主義者は、利己的に振舞うべきという「当為」と利己的に振舞うという「事実」を混同しやすいということです。なぜ利己的に振舞うべきかという理由を導きだすことは極めて難しく、多くの企業の不祥事は、利己的な当為と事実の混同に起因します。ですから、企業の利己的行為は、どうすれば倫理的利己主義になるのかという問題意識を持つことが大切となります。企業は、消費者あっての企業、社会あっての企業といった複雑な要素が入り組んだ社会重複構造の中で、消費者の幸せがなければ企業の存在価値が無いということを自覚し、利己主義という言葉自体に新たな(倫理的)意味合いを含めていかなければなりません。

ところで、利己主義は功利主義と似た言葉として理解されがちです。しかし功利主義という倫理学説は、最大公約数的な幸福を第一に考える立場です。利己主義は自己的利益の最大化を目指しますが、功利主義は最大多数の幸福を重視します。これら二つは混同しがちですが、全く違った性質を持つ内容です。企業倫理を考える場合、これらのどちらか一方のみを重視すると、どうしても倫理の欠如というジレンマに直面にします。

例えば、労使交渉などを考えてみましょう。労働組合が毎月1万円の給与アップを求めることと経営者側がゼロベアを主張することは、それぞれお互い自己的な利益を最大化するための間違っていない利己主義的行為です。ただ、このような二者択一的交渉は必ず決裂する結果となります。もし労働組合の主張を無視して経営者側がゼロベースを強硬施行すれば、ストライキや労働意欲の低下が誘発され、ひいては商品品質の悪化などにつながる恐れがあります。その結果、商品の品質低下に不満を抱いた消費者が他者の類似商品へとシフトし、最終的にその企業の経営は悪化することになってしまいます。

こうした事態を回避するためには、労働組合も経営者側もお互いが満足するための解決方法を新たに模索しなければなりません。そのひとつの方法は、お互いの主張が折り合う妥協点に合意を求めるということです。もし1万円と0円の半分である5000円を落とし所とすれば、経営側も労働側もそれぞれの主張の最大限の希望に達することができないにしても、お互いゼロか一かという結果や労働力と品質の低下を回避することができ、大多数の人たちが納得して妥協するでしょう。

この最大多数の幸福を導き出すという立場が功利主義です。これは非常に民主主義的なアプローチであり、功利主義は公的な利益を求める性格を帯びている特徴があります。企業経営では、「自己的な利益の最大化」を謳う利己主義と「公の利益の最大化」を主張する功利主義のバランスが非常に重要です。このバランスの保持を安定させるために、企業倫理の果たす役割は色々と変化が求められます。

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