ぬいぐるみの会社員
コンビニの袋は冷感も熱も奪う。火傷するほど熱い肉まんも、霜が付くほどキンキンのビールやアイスクリームも、袋に入れて運ぶとすぐにぬるくなる。
でも、その役立たずな袋を買わなければ運べないほどの食料を抱えて家路に着く毎日は、およそ4年間続いた。
私は今日、会社を辞めた。
美術を学べばよかった。
純文学を突き詰めればよかった。
学生時代、苦手な数学にもっと向き合えばよかった。
幾度とない後悔が頭を過り、劣等感と焦燥感に塗れた社会人生活だった。
こんな職にしか就けなかったのは、過去の自分の努力不足のせいだ、と自分自身を責めた。
潤沢な福利厚生も、洗練されたオフィスも、やりがいを持って働くキラキラした同年代の友人達の前では霞んで見えた。
4年間で何を得たのか問われた時に、言葉に詰まる自分が情けないと思った。
理由もなく涙が零れる頻度が増えた。
何度も原因不明で体調を崩した。
テレビの音をうるさいと感じるようになった。
そんな現実を誤魔化すかのように、酒に頼った。
毎夜、コンビニ袋入りのぬるい缶ビールを手に帰宅した。彼氏が部屋に来ている時は、普段よりも酒量が増えた。間接照明がぼんやりと部屋を照らす中、ポータブルスピーカーから安っぽい音楽を流し、ビール味のキスを繰り返した。彼が肯定してくれる自分だけが好きだった。抱き合っている時だけは現実を忘れられた。彼と眠った翌朝は、決まって会社に行きたくなくて、彼は困ったように私を宥めた。
それでも、悪いことだけではなかった。
先輩も上司も優しかったし、後輩や同期とはとても仲が良かった。
毎晩のように飲みに行き、週末は車で遊びに行った。日々の感情を共有し、吐露できる仲間がいることは、不安定な私にとっては何にも変え難い大事な支えだった。
年々、着実に年齢を重ね、私は世で言う「大人」になった。
二十代中盤のいわゆる中堅社員。
それっぽく仕事論なんか掲げ、就活生にやりがいを語ったりして──。
空虚な自分を隠して必死に紡いだ言葉は誰のもとに届いたのだろうか。
もはや、自分自身に言い聞かせるために話していただけなのかもしれない。
今となっては分からない。
私は今日、会社を辞めた。
4年間、スカスカのぬいぐるみのようだと感じた身体を抱え、私は次のステージで何を思うのだろう。
死の間際、人生を振り返った時に、ああ、私はぎっしりと中身の詰まった何者かになれたんだ、と思えるような
そんな体験を追い求めて、生きていく。
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