シナリオ『ペルソナの内側』

2作品目のシナリオです。

私の考えが詰まりまくりのやつ、です
溢れてしまいそうなほどに 詰まっているシナリオです。

誰にでも仮面を被って生きている女の子を書きたかった

生きずらくて、でもそう生きるしかなくて
この生き方で自分を保つことが出来る

そんな女の子のお話です。

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タイトル 『ペルソナの内側』
著者  深凛

〇あるビルの屋上(夜)
      3年前。土砂降りの雨が降っている。屋上の淵に  
      立つまゆか。それを3mほど離れた場所に立ち、
      泣きながら見る深月。
深月「まゆか……まゆか待って!」
まゆか「深月、今までありがとう」
深月「お願いだから、死なないで」
まゆか「……」
深月「まゆか!」
まゆか「……ごめんね」
      屋上から飛び降りるまゆか。

〇深月の家・部屋(朝)
      部屋のベッドでハッと目を覚ます深月。時計は
      朝7時を指している。
深月「……また同じ夢」
  裕子が深月の部屋に入ってきて。
裕子「ご飯出来てるから早く起きなさい」
深月「……今行く」

〇深月の家・リビング(朝)
  支度を終えご飯を食べる深月。リビングにはま
      ゆかとの写真、幼なじみの空とサッカーのユニ
      ホームを着て一緒に写っている写真。そしてそ
      の時に貰ったメダルが飾ってある。
裕子「早く食べないと遅刻するわよ」
深月「わかってるよ」
裕子「もう、いっつもギリギリなんだから。何回も同
      じこと言われないの」
深月「……」

〇学校・教室(朝)
  ホームルーム前、生徒たちは雑談をしている。
      深月の担任である佐藤が挨拶をしながら入って
      くる。生徒たち、着席。
佐藤「今日は進路希望用紙を配ります」
   佐藤、進路希望用紙を前から回している。
佐藤「自分の将来のことなので、しっかり考えておく
    ようにしてください」
   ホームルームが終わり、深月の前に座る陽奈が
       後ろを振り向いて。
陽奈「ねえ進路とか決まってる?」
深月「全然」
陽奈「私も全然。そんなすぐに決められないよね」
      2人が話し中、同じクラスメイトの生徒Aがやっ
      てきて。
生徒A「深月!今日の放課後暇?」
深月「なんで?」
生徒A「みんなでカラオケ行こって話してて。深月も
    来ない?」
深月「楽しそう!行けたら行こうかな」
生徒A「えー!悩んでるなら来てよ!深月いないと寂
    しいじゃん」
深月「(ふっと微笑んで)わかった。考えとく」
生徒A「陽奈は行ける?」
陽奈「私は部活あるから行けないや」
生徒A「部活か。じゃあ深月、絶対来てね!待ってる
    から!」
      生徒A、深月に手を振り元いた友人がいるところ
      へ戻る。
陽奈「深月また誘われてる」
深月「またってほどでもないけど」
陽奈「深月ってみんなから好かれてるし仲良い人多い
    よね」
深月「……そうかな」
陽奈「深月いい人だもんね〜。私も深月みたいな
    コミュ力ほしい」
深月「(笑って)私みたいにはならない方がいいよ」
陽奈「なんでよ!」
      陽奈、教室の時計を見て。
陽奈「あ、やば私移動教室だった。もう行かな
    きゃ。また後でね!」
      陽奈、深月に手を振り教科書を持って教室を出  
      る。
深月「(呟くように)……いい人、か」
    柚葉が隣にやってきて。
柚葉「いい人ねー」
      深月、柚葉の方を振り向いて。
深月「聞いてたの」
柚葉「違う聞こえちゃったの」
深月「……みんなに嫌われないようにしてるだけで、
    全然いい人なんかじゃないのに」
柚葉「全員にいい顔する必要なんてないんじゃな
    い?」
深月「私がそうしたいからしてるの」
柚葉「どうして?」
深月「……私には何も無くて空っぽだから」
柚葉「……」
深月「誰だって、自分にとって利益がある人としか関
    わらないでしょ」
柚葉「そんなことない」
深月「そんなことあるよ。その人に合わせて求められ
    る自分でいないと、自分の価値なんかなくて、こ
    の世に必要ない人間になるって私は思う」
柚葉「……過去に囚われすぎなんじゃない?深月が生
    きてるのは、今だよ」
深月「……そんなに上手く割り切れないよ」

〇学校・校庭(昼)
      体育の授業で男子がサッカーをしている。空が
      ゴールを決め、それを少し離れた場所で座って
      見ている深月と陽奈。
陽奈「空くんさすがだね。めちゃくちゃ上手い」
深月「ねー」
陽奈「あれ? 確か深月、空くんと同じ所でサッカー
    習ってたんでしょ? なんで辞めちゃったの」
深月「それは……」

〇回想/深月の家・リビング(夜)
      6年前。当時12歳の深月と裕子が話している。
深月「深月ね、空と一緒にサッカー選手になりたい!」
      裕子、笑って無理無理、という顔で手を横に振
      る。
裕子「そういうのは元々才能がある人が目指すものな
    のよ。空くんは元々上手で才能もあるかもしれな
    いけど、深月には無理だから。勉強とか、他のこ
    とを頑張りなさい」

〇戻って、学校・校庭(昼)
深月「うーん、忘れた」
陽奈「(笑いながら)忘れたってどういうこと」
深月「飽きたからやめただけだよ。それだけ」
陽奈「(曖昧に頷いて)そっか。今は? やりたいこと
    とかないの?」
深月「……何もないかな」
陽奈「……」
深月「どうしたの?」
陽奈「深月って、あんまり自分のこと話してくれない
    よね」
      深月、やや焦るような口調で。
深月「何、急に!そんなことないよ」
陽奈「……」
深月「もう私の話はいいよ!ほら、柚葉たちのところ
    行こ!」
      深月、立ち上がり柚葉の所へ向かう。陽奈も追
      いかける。

〇学校・教室(放課後)
      ホームルームが終わり、生徒が次々と教室から
      出ていく。深月は他のクラスの人と喋っていて
      教室にはいない。
陽奈「深月ってさ、みんなと仲いいけど誰にでも一線
    引いてるところあるよね」
柚葉「んー、そうかな?」
陽奈「踏み込みすぎると壁つくられちゃう感じがし
    て。あと一歩のところが踏み込めないっていう
    か」
柚葉「……」
陽奈「柚葉幼なじみなんでしょ。深月って昔からあん
    な感じなの?」
柚葉「……昔とはちょっと、違うかな」
陽奈「何かあったとか?」

〇回想/あるビルの地上(夜)
      3年前。救急車とその周りに群れている人混みを
      見て、そこへ向かう柚葉。土砂降りの雨の中、   
      深月が泣き崩れている姿を見つけ、深月の元へ
      駆けつける柚葉。

〇戻って、学校・教室(放課後)
陽奈「柚葉?」
柚葉「ごめん、なんでもない。多分、考えすぎだよ」
陽奈「……そうなのかな」
      そこへ深月がやってきて。
柚葉「あ、深月来た!一緒に帰ろ」
深月「ごめんまだ支度終わってなくて。先帰ってて」
柚葉「そう?わかった、また明日ね」
陽奈「また明日ねー」
      深月、柚葉と陽奈に手を振る。

〇同・学校・教室(放課後)
      深月が帰り支度をしていると、そこへ空がやっ
      てきて。
空「深月もう帰るところ?」
深月「うん」
空「じゃあ一緒に帰るか」

〇道中(夕)
      歩道を2人で並んで歩いている。
深月「空は進路どうするの?」
空「俺はサッカー一筋!続けられるところまでずっと
    やるつもり」
深月「……やっぱりそうだよね」
空「……あの頃は一緒にサッカー続けると思ってたん
    だけどな」
深月「昔の話だよ。私には才能無かったみたいだし」
空「……今はやりたいことあるのか?」
深月「……何にも決まってない」
空「そっか」
深月「……ていうか、自分の意思無さすぎて何やりた
    いかよくわかんないんだよね」
空「深月友達多いし人と話すの得意じゃん。人と関わ
    る仕事とか興味無いの?」
深月「友達といる時の自分は、周りに合わせて良い人
    を演じてるだけだよ。得意なわけじゃない」
空「無理してんのか?」
深月「別に無理はしてないけど」
空「……それって、疲れない?」
深月「ひとりでいられたら楽だろうなって思うことも
    あるけど……孤独にはなりたくない。多少はさ、
    折り合いをつけないと」
空「……友達なのにか?」
深月「人間関係そんな簡単じゃないし。……孤独を埋
    められる存在が、人間以外にあればいいのにね」
空「……」
深月「じゃあ、ここで。また明日」
空「(軽く手を挙げて)また明日」

〇学校・教室(昼)
      選択科目の倫理の授業で、雨池が授業をしてい
      る。
雨池「19世紀ドイツの哲学者であるフィヒテは、
    人間=人格(ペルソナ)と捉えました。ペルソナ
    とは、人間が社会生活において求められた役割を
    演じること、つまり自己の外的側面のことを指し
    ます」
生徒たち「……」
雨池「分かりやすく例えると、ペルソナは話す相手に
    よってそれぞれ違う仮面を被るようなものです」
深月「ペルソナ……」

〇同・学校・教室(昼)
      生徒たちが教室を出たあと、深月だけが残って
      教壇にいる雨池に話しかける。
深月「先生……」
雨池「今日の授業難しかったですか?」
深月「いえ、そうじゃなくて。……会う人それぞれに
    違う仮面を被ることは、悪いことじゃないんです
    か?」
雨池「たとえ仮面を被っていたとしても、その中身は
    立花さん自身です。全然悪いことではありません」
深月「でも仮面を被って偽りの姿で話すのは、みんな
    に嘘をついてる気がして」
雨池「学校の生徒としての仮面、 親と話す時の仮面、
    コンビニでは客としての仮面……それぞれで喋り
    方も態度も違うのは当たり前のことです」
深月「当たり前のこと……」
雨池「話す相手によって異なる仮面を被ることだって
    同じです。相手に求められているであろう人格を
    出すことは、人間関係を上手にするひとつの手段
    です」
深月「……」
雨池「でも、仮面を被り続けるのは疲れますよね。仮
    面をつけている時は、良い自分でいようと意識し
    すぎてしまう」
深月「……!」
雨池「また質問があればいつでも来てください」

    タイトル 『ペルソナの内側』

〇学校・教室(放課後)
      深月が進路希望用紙を見ながら悩んでいる。そ
      れを見た柚葉、紙を指さしながら。
柚葉「お母さんにも相談してみれば?」
深月「無理無理。うちの親、私がやりたいって言った
    こと全部否定から入る人だから」
柚葉「……」
深月「うちの親昔からさ、夢とか目標は持てって言う
    くせに、いざ話すとあんたには無理とか、現実を
    見なさいとか言ってきて。(苦笑して)私がやるこ
    と絶対否定するんだよね」
柚葉「……そっか」
深月「親に自分のやりたいことを応援してもらえるっ
    て、どんな感じなの?」
柚葉「どんな感じ……」
      柚葉、言葉が見つからず黙り込む。深月、その
      姿を見て。
深月「(笑って)ごめん、今の忘れて」

〇深月の家・リビング(夜)
      机を挟み向かい合ってご飯を食べる深月と裕
      子。テレビからはニュース番組が流れている。
裕子「進路のこと、ちゃんと考えてるの?」
深月「……考えてるよ」
裕子「周りの子だってみんな決まってるんでしょ? 
    自分のことなんだから、しっかり考えなさいよ」
深月「……」
      裕子、テレビから流れるニュースを見て。
裕子「最近、中高生で自殺する子増えてるみたいね」
深月「……」
裕子「ほら、深月が中学の時仲良かったまゆかちゃん
    だって……。なんで自殺なんか」
深月「(小声で)お母さんにはわかんないよ」
裕子「まゆかちゃんみたいな自殺しちゃう子に流されちゃダメよ」
      食べるのをやめる深月。
深月「……なんで今更そんな事言うの?」
裕子「仲良くする人はしっかり選びなさいって話よ」
深月「そんなことまでお母さんに決められないといけ
    ないの?」
裕子「どういうことよ」
      深月、裕子を見つめて。
深月「サッカー選手になりたいって小学生の時言った
    の覚えてる?」
裕子「あれは夢でしょ? 現実を見てちゃんと将来の
    ことを考えなさいって言ってるの」
深月「……私は本気で目指したかった。あんなに否定
    されると思ってなかった」
裕子「否定されても本気でやりたかったなら続ければ
    よかったじゃない。確かに反対はしたけど、それ
    でやめるくらいならそこまで覚悟がなかったって
    ことでしょ」
深月「……お母さんってさ、私が言うことやること全
    部否定から入るよね。友達のことも、将来のこと
    も。そんなに私のことが気に入らないの?」
裕子「お母さんは深月の為を思って言ってるのよ、否
    定なんかしてないじゃない」
深月「……もういいよ」
裕子「深月は、普通に勉強して大学行って、就職して
    結婚して。周りと同じように生きていったほうが
    絶対幸せになれると思うの」
深月「何それ」
裕子「お母さん深月の事が心配だから言ってるのよ。
    深月には幸せになってほしいの」
深月「お母さんの思う幸せは、若いうちに結婚して子
    ども産んで普通の暮らしをすることなの?それ以
    外は幸せじゃないの?」
裕子「そんなこと言ってないじゃない。でも叶わない
    夢見るよりも現実を見なさいって言ってるの」
深月「お母さんの考え押し付けないでよ」
裕子「お母さんは深月のためを思って」
深月「もういいよ!」
      席を立ち上がり部屋に戻ろうとする深月。
裕子「深月!」
      裕子の呼び掛けを無視し、リビングを飛び出す
      深月。それを見つめる裕子。

〇同・深月の家・部屋(夜)
      ベッドで横になる深月。Twitterで「死にたい」と
      検索する。

〇スマホ画面 
      [無能ちゃん:今日も生きてしまった。死にたい   
      751いいね] [生きる価値 0:早く死にたい。生 
      きるの疲れる無理、普通に 1249いいね] [ゴミ
      クズ:なんで生きてるんだろう。普通に死にた
      いんだが 2176いいね] ツイートにいいねを押し
      ながら無言で涙を流す深月。

〇学校・教室(朝)
      ホームルーム後、生徒が雑談をしている。深月
      の前に座る陽奈が後ろを振り向いて。
陽奈「結局、進路希望なんて書いたの?」
深月「あー、白紙で出しちゃった」
陽奈「そっか」
      佐藤が深月の元へやって来て。
佐藤「立花さん、ちょっといいですか」
深月「……」

〇学校・進路相談室(朝)
      佐藤と深月、机を挟み向かい合って座ってい 
      る。机には深月の進路希望用紙が置いてある。
佐藤「これ。どうして何も記入してないの?」
深月「……」
佐藤「将来のことはちゃんと考えてる?」
深月「……」
佐藤「どうしたの。いつもの立花さんらしくないで
    す」
深月「……私らしいってなんですか?」
佐藤「え?」
深月「周りに合わせてニコニコして、元気で明るい姿
    の方が私らしいですか?」
佐藤「……何かあったの?」
深月「先生知ってますか? Twitterで死にたいって検
    索すると、同じような気持ちの人で溢れてるんで
    すよ。特に理由がなくても毎日どこかの誰かが死
    にたいと思っていて、そのツイートには2000以
    上のいいねがついてるんです」
佐藤「……世の中には、生きたいのに生きられない人
    だっているんですよ」
深月「(苦笑して)今私にかける言葉がそれ?みんな言
    いますよね。本当、素晴らしい正義感。でも今の
    私にその正論は何も響かないし……正直きついで
    す」
佐藤「立花さん──」
深月「(遮って)もういいですか?」
佐藤「……とにかく、親御さんとも相談して。提出は
    ゆっくりでいいから」
      進路希望用紙を渡す佐藤。それを黙って受け取
      る深月。

〇学校・教室(朝)
      進路相談室から深月が戻ってきて。
陽奈「あ! 帰ってきた、何話してたの?」
深月「(目を逸らしながら)あぁ、将来のこと決まって
    ますか、とかそんな感じ」
陽奈「……そう?」
      何か言いたげな眼差しの陽奈。

〇学校・屋上(放課後)
      手すりにもたれ掛かり、進路希望用紙を持って
      いる深月。そこにやってくる雨池。
雨池「進路のこと、悩んでますか?」
      深月、驚いて雨池の方を振り返る。
深月「なんで知ってるんですか?」
雨池「進路相談室での会話、聞こえてしまって」
      あぁ、というように頷く深月。
深月「……正直、自分の将来なんかどうでもいいんで
    すよね」
雨池「……?」
深月「私が中学の時、いつも一緒にいる友達がいて。
    でもその子……自殺しちゃったんです」
雨池「……」
深月「何度も何度も、同じ夢を見るんです。夢の中の
    私は 「死なないで」 って言ってるんですけど」

〇回想/深月の家・部屋(夜)
      3年前。22時過ぎ、ベッドでスマホをいじる深
      月。そこへまゆかから着信。
深月「(電話に)もしもしまゆか?」
まゆかの声「……ごめんね」
深月「(電話に)何、どうしたの?」
まゆかの声「……今までありがとう」
      電話からは風の音が聞こえてくる。いつもと声
      色が違く、動揺した様子のまゆか。
深月の声「……ねぇ今どこ?」
まゆか「(電話に)……中学の時よく行ってた屋上。最
    後に深月と話したくて」
深月「(電話に)今すぐ行くから、そこで待ってて、
    ね?」
      深月、部屋を出て屋上へ向かって走り出す。
まゆか「(電話に)……深月と出会えて良かった。あり
    がとう」
      まゆか、電話を切る。深月、かけ直すも電話は
      繋がらない。

〇同・あるビルの地上(夜)
      すでに救急車が到着している。運ばれるまゆか
      の姿を見て、泣き崩れる深月。

〇戻って、学校・屋上(放課後)
深月「現実の私は、何も出来なかった。最後は電話で 
    の会話で、屋上にも間に合わなかった。彼女
    に…… 「死なないで」 なんて言えなかった。生き
    ていてほしいと願うのは、私のエゴだと思いまし
    た」
雨池「……」
深月「あの時私が生きていてほしいと伝えていれば、
    何か変わってたんですかね」
雨池「……」
深月「それなのに私だけ今も生きてて。将来のことま
    で考えて」
雨池「それは」
深月「わかってます。それとこれは関係ない、ですよ
    ね。頭ではわかってるんですけど」
雨池「……過去に何かあっても、あなたが生きている
    のは今です。将来について考えて、幸せになるべ
    きです」
深月「……先生が思う幸せって何ですか?」
雨池「そう言われると難しいですが……。ただ、人が
    考える世間一般的な幸せが必ずしも全員に当ては
    まるわけではないことは確かです」
深月「理想の会社に就職するとか、……結婚とか、で
    すか?」
雨池「(頷いて)大多数が目指すような、わかりやすく
    目に見えるものは 「幸せ」 として捉えられやす
    い。ですが、幸せの定義なんて本当はなくて、何
    に幸せを感じるかは人それぞれです」
      思わぬ言葉に泣きそうになる深月。
雨池「だから、他人から押し付けられた幸せの形を、
    自分の人生に重ねる必要はありません」
深月「……」
雨池「将来のことは、焦らずに決めていいと思いま
    す。今決めたことをこの先ずっとやる訳では無い
    ですし」
深月「……そんな感じでいいんですか」
雨池「親御さんと相談はされますか?」
深月「(曖昧に笑って)最近母と進路のこと話したら、
    言い合いになっちゃって。……でも、母の意見も
    正しいことはわかってるんです」
雨池「……」
深月「特にやりたいことも無いから、母親が思い描く
    道を目指すのもいいかなって」
      雨池、少しの間沈黙。
雨池「誰かの言葉で自分の人生を決めてしまうのはも
    ったいないと思います。たとえ後で後悔しても、
    その言葉を発した人は今後生きていく上であなた
    を助けてくれるわけじゃない。結局は 「自己責任」 
    という言葉で片付けられます」
深月「……」
雨池「反対している人だって、時が経てば自分の言っ
    たことなんてすっかり忘れていたりするものです」
深月「……」
雨池「大事なのは、自分がどうしたいか、ですよ」
深月「自分が、どうしたいか……」

〇深月の家・部屋(夜)
      机の上に置いた進路希望用紙と向き合う深月。
深月「……」

〇学校・教室(昼)
      雨池が授業をしている。
雨池「来週から中間テストです。テスト範囲の部分、
    しっかり勉強してください」
      黒板を消している雨池。授業が5分ほど早く終わ
      り、周りは雑談をし始める。
生徒B「やばい全然勉強してねぇ」
生徒C「大丈夫、あと1週間あるからまだ間に合う」
生徒B「ほんとかよ」
生徒C「ほら、努力は報われるって言うじゃん!」
生徒B「出た! 信じられない言葉第一位」
生徒C「なんでだよ。芸能人とかスポーツ選手とかよ
    く言ってんじゃん」
生徒B「努力したことがほんとに報われると思ってん
    のか?報われてたら全員夢叶えてるだろ」
生徒C「……それは確かに」
      その会話を背を向けながら聞いている雨池。      
      生徒B、雨池に向かって。
生徒B「先生ー。努力は報われると思いますか?」
      雨池、振り返る。
生徒B「……俺は、報われないなら頑張っても無駄か
    なって思っちゃうんすよね」
      黙り込む雨池。
生徒C「……先生?」
雨池「……私は、運命は存在すると思っています」
    雑談していた生徒たち、黙り込む。
生徒たち「……?」
雨池「生きていく上で誰に出会うかということは重要
    だと思います。出会う人によって、その先の自分
    の人生が変わるからです」
      黒板に「努力」と書き、その文字の横から斜め上
      と斜め下の矢印を書き出す。
雨池「成り行き任せの出会いもあれば、努力した先で
    出会える人もいます。つまり、頑張らないと出会
    えない人がいる、ということです」
      雨池、斜め上の方の矢印の先に二重丸を書く。
生徒たち「……」
雨池「努力したことが直接的に報われなくても、努力
    した先で出会えた人は、皆さんの人生を豊かにし
    てくれるはずです。もしいつかそういう人に出会
    えた時に、頑張って良かったと思うのではないで
    しょうか」
深月・生徒たち「……」
雨池「質問の回答になっているかはわかりませんけれ
    ど……。希望的な言葉ですが、頑張った人が報わ
    れる世界であってほしいと思っています」
      授業終わりのチャイムが鳴る。

〇同・学校・教室(昼)
      生徒たちが教室からいなくなる。深月、雨池が
      いる教壇に移動して。
深月「……先生。大学に進学したら、もっといろんな
    ことが勉強できますか?」
雨池「(頷いて)はい。勉強したらその分だけ、世界は
    大きく広がります」
深月「世界が大きく……」
      深月、雨池を見て。
深月「先生は、今生きていて楽しいですか?」
雨池「……?」
深月「……先生は、何のために生きてるの?」
雨池「……」
深月「私、思うんです。 今はたまたま生きているだけ
    で、もし死ぬことに対する恐怖がなかったら……
    私も彼女と同じことをしていたかもしれないって」
雨池「……」
深月「……私には、目指すような大きい夢もないし」
雨池「生きること自体に、深い意味なんてないと思っ
    てます」
      雨池、深月をじっと見つめて。
雨池「……生きることに意味を見出すよりも、死なな   
    い工夫をしたほうが気楽に生きられると私は思い
    ます」
深月「死なない、工夫……?」
雨池「生きる意味なんて考え出したら苦しくなるだけ
    です。生きる意味を考えるよりも、死にたいと思
    わないように生きるんです」
深月「……」
雨池「些細な理由でも、それが生きることに繋がりま
    す」
深月「私は……死ぬ勇気がないから生きてるだけで 
    す」
雨池「それでいいじゃないですか。生きているなら、
    それだけですごいことです」
深月「……そんなこと、初めて言われました」
雨池「最近は特に……生きることに必死になりすぎて
    いると思います。他人と比べて自分を下げて。そ
    の結果、生きることに意味を見いだせなくて、思
    い詰めてしまう」
深月「……先生は言わないんですね」
雨池「?」
深月「命は尊いとか、……生きたいのに生きられない
    人もいる、とか」
雨池「(頷いて)その考えももちろんあります。です
    が、その考えはあくまで一般論で、個人の問題と
    比べることではありません」
深月「(笑って)先生に聞いて良かった」

〇深月の家・リビング(夜)
      机を挟み向かい合ってご飯を食べる深月と裕
      子。机にはご飯やおかずが並ぶ。
深月「お母さん。……進路のことなんだけど」
裕子「……」
      深月、食べるのをやめて裕子の方を見て。
深月「大学、行きたいと思って」
裕子「そう」
深月「(頷いて)それだけ伝えたくて」
裕子「……」
深月「ごちそうさま」
      深月、食器をシンクに置き、自分の部屋へ帰ろ
      うとする。
裕子「この前はごめん。……お母さんの考え押し付け
    すぎた。これからは、深月のこと応援するから」
      深月、裕子の方は振り返らず。
深月「ありがと」

〇学校・教室(放課後)
      自分の席で、進路希望用紙に大学名を書き込む
      深月。空がそれを見て。
空「大学行くことにしたんだな」
深月「うん」
空「深月、将来のことずっと悩んでたもんな」
深月「……まぁ、人に話すほどでも無かったし。周り
    に比べれば、私の悩みなんて大したことない」
空「自分の悩みと人の悩みは比べるもんじゃないだ
    ろ。それに大きいも小さいもねえって」
深月「……」
空「……深月、もう死にたいとか思ってないよな?」
深月「?」
空「佐藤から聞いた。心配してたぞ」
深月「ごめん」
空「俺に言うなよ」
深月「……今すぐ死にたいのかって聞かれたら正直わ
    かんないけど、生きたいかって聞かれたら……そ
    れは違うって思ってた」
空「……死んだら何も出来ねぇけどさ、生きてたら何
    だって出来んじゃん。楽しいこといっぱいあるっ
    て!俺が保証する」
深月「(ふっと笑って)保証してくれるの?」
空「当たり前だろ!……だからもう、そういうこと
    言うなよ」
深月「……生きるのしんどいし疲れるけど、もう少し
    頑張ってみるよ」
空「約束だからな」
深月「うん。……生きてたらどんないいことあるか
    な」
      空、「んー」と考える素振り。
空「宝くじ当たるかもな!」
深月「(笑って)バカじゃん」
空「夢はでっかく! 願い続ければいつか叶う!」
深月「……! (目を見開いて空を見る)」
空「……俺もしかして今いいこと言った?」
深月「(目を逸らして)相変わらずバカだなって思った
    だけ」
空「なんだよ!……でも、なんで行くことにしたんだ
    よ、大学」
深月「いろいろあるけど……雨池先生に出会って、先
    生みたいな大人になりたいなって。こんなに向き
    合ってくれる人、今までいなかったし」
空「雨池ね……」
深月「今まで出会った大人と全然違くて。なんていう
    か……信じてみたいなって思ったんだよね」
空「へぇ」
深月「聞いといて、へぇって」
空「……でも、いいな。こんな人になりたいっていう
    目標の人がいるとか、信じたい人がいるって」
深月「もちろん誰かのために生きてるわけじゃない
    よ。でも……この人のためなら頑張れるとか、
    この人がいるから生きていたいって思える人がい
    るのは、私の救いになってる」
空「……」
深月「先生は私の中でそういう人。だから、その人に
    恥じないような生き方をしたいなって」
      空、進路希望用紙を指さして。
空「……これ、提出してきなよ」
深月「うん、行ってくる」

○学校・職員室(放課後)
      佐藤の机まで向かい、進路希望用紙を提出する
      深月。
佐藤「進路、決まって良かったです」
深月「あの時は……(頭を下げて)すみませんでした」
佐藤「私もごめんなさい。立花さんのこと、何にもわ
    かってなかった」
      深月、「いいえ」 というように首を横に振る。
佐藤「力になれるかわからないけど……何かあれば、
    いつでも頼ってくださいね」
深月「……ありがとうございます」

○学校・廊下(放課後)
      進路希望用紙を佐藤に提出し、教室に帰る途中
      で雨池を見つけた深月。
深月「先生!」

○同・学校・屋上(放課後)
      2人、手すりの近くに並んで立っている。
雨池「進路希望の紙、提出してきたんですね」
深月「(頷いて)先生のおかげです」
雨池「私は何もしてないですよ」
深月「……私、彼女がいなくなってから、ずっと仮面
    をつけて生きてたんです」
雨池「……」
深月「相手が欲しいと思う言葉をかけてあげれば、も
    う誰も傷つかないし、いなくなったりしないと思
    ったから」
雨池「……」
深月「(苦笑して)っていうのは言い訳で。本当は他人
    から嫌われるのが怖いだけなんです。仮面があれ
    ば、たとえ私が人から嫌われたとしても、それは  
  「仮面を被ってる時の私」だから、私自身が嫌われ
    たわけじゃないって言い訳できる気がして」
雨池「……そういう理由だったんですね」
深月「だから、仮面を被ることは悪いことじゃないっ
    て言ってくれて、どこか安心しました。肯定して
    くれたのが嬉しかった」
雨池「……」
      深月、雨池から目を逸らし、目の前に広がる景
      色を見ながら話し出す。
深月「あの時からずっと、生きてても意味なんかない
    し、いつ死んでもいいかなって思ってました。で
    も……先生と会ってから考えが変わって」
      深月、雨池の目を見つめて。
深月「もう少し、生きてみるのも悪くないなって」
雨池「生きる意味なんて、誰も教えてくれません。
    自分で考えるしかない。死という選択をしない限
    り、苦しくても、これから先を生きていかないと
    いけません」
      深月、やや不安そうな顔。雨池、深月のその表
      情を見て。
雨池「ここを卒業したら、これから先いろんな人と出
    会って、その数だけ世界が広がって、きっと立花 
    さん自身が豊かな人間となっていきます」
深月「豊かな人間……(曖昧に笑って)なれるかな」
雨池「なれます。そしていつか、今よりも生きていて
    楽しいと思える日が必ず来ます」
深月「……!いつかその日が来たら、先生に報告しま
    す」
      雨池、ふっと微笑む。それを見て、深月も笑
      う。そこへ、柚葉がやってきて。
柚葉「あー!深月ここにいた!早く帰ろ!」
      深月、柚葉の方を見て。
深月「うん、今行く!」
      深月、雨池と向き合って。
深月「いろんなことで悩んでたけど、先生に話して良
    かった」
雨池「何も無くても、いつでも話してください」
      深月、その言葉に笑って頷き柚葉の所へ向か
      う。雨池、それを目で追う。深月が帰り、空を
      見上げる雨池。その空は晴天で、深月の背中を
      押すような空だった。      
                                         
                            完

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