見出し画像

専門用語のクセが強すぎて? ライターさんが失踪した事件

『ゼッタイはしろくジタイ、ハイブユケツではタンユからジンユにかけあっつうあり。アシノタイインヒケイではタイハクからコウソンのサクジョウキンチョウをみとめる』

 皆さん、これを耳で聞いたとして文字起こしできますでしょうか。意味がわからないですよね。漢字変換ムリですよね。
 これは何年も前に私が編集長をしていた(よくやっとったな)専門雑誌からの一部抜粋です。過去いろいろな専門誌・専門書の制作に携わりましたが、東洋医学はことさらに用語のクセが強いのです。

版元は専門用語がわかるライターがほしい

 編集者にとって、専門用語(業界用語)が分かるライターさんは喉から手が出るほど欲しい存在です。つまりライターにとっては大きなアドバンテージになります。医療用語、ガジェット用語、金融用語など……自分の得意分野であればテープ起こしもはかどるというものです。

 記者や編集者はいろいろな分野を取材することになるので、専門家のインタビューで耳慣れない言葉が出てくれば「それはどういった漢字を書くんですか?」と確認したり、その場では知ったかぶりをして、後から必死に資料を漁ったりします。

 多くの媒体では読者もまた素人なので、記者も素人目線で何でも尋ねればOK。その積み重ねでだんだん慣れて、例えば国会議員が「コクタイ」と言えば国民体育大会じゃなくて国会対策委員会、「PT」は理学療法士じゃなくてプロジェクトチームだと脳内で第一候補に変換できるようになるわけです。

 で、長く版元にいると、全く縁のない分野の専門誌に配属されたり、あまつさえ編集長を任されたりします。読者も素人ではなく、専門家。こうなると、たびたび「それどういう意味ですか?」を繰り出すと「専門雑誌なのに何コイツ」と媒体の信用を失墜させるので、まず必死に用語を頭に叩き込むことになります。

 こうして、その分野の資格は誰も持っていないけれどやたらと耳年増な編集部、という精鋭部隊が出来上がるわけですが、悩ましいのが、外注のライターさんに手伝って欲しいときです。専門用語のクセが強ければ強いほど、アウトソーシングがしにくくなるのです。

そしてライターの音信は途絶えた

 あるとき、東洋医学誌の取材で、初めてのライターAさんとお仕事をしました。
 彼女のポートフォリオによると、セラピーやリフレクソロジー系の記事が得意。まあ今回の案件はゴリゴリの鍼灸院の取材ですが、内容はそれほど難しくないし、私も同行するし、大丈夫だろう……と考えました。

 取材中はちょっと目が白黒していたようですが、参考の見本誌をお渡しして、分からない事は何でも聞いてくださいと伝えました。少しずつ慣れてもらえれば、今後、手が足りなくて編集部がピンチのときに助かる! そう期待していました。

 しかし、そのままAさんは突然の音信不通になりました。
 編集部即ピンチ。

 取材先はその業界では一門を率いる大先生。記事にできませんは通用しません。これは私の甘さが招いたミスなのですが、当日ICレコーダーを使ったのはAさんだけでした。

 もう書けなくていいから。怒ってないから。音源だけはください

 電話もメールも一切繋がらないまま締め切りは過ぎ、私はめちゃくちゃ焦りました。焦るあまり、禁断の手を使いました。Aさんのポートフォリオに得意先として載っていた他誌xの編集部に『安否確認』の電話をしたのです。

x誌「Aさん……今やり取りがないのでちょっと分からなくて」
私「そうですよね……ご多忙のところスミマセン」

 そんな程度の短いやり取りで終わったけれど、おそらく、その影響で何かしらの動きがあったのでしょう。Aさんからインタビューのmpegデータが私の元へ送られてきたのでした。


というわけで。
育成が下手な元編集者によるミスマッチは怖いよというお話でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?