見出し画像

いつかのあの日。(創作)

【どこかにあるようなないようなそんな時間。
   完結してるようなしてないようなそんな話】





「あの時の緊急事態宣言はホント参ったよな~」とビール片手にタケルが言う。いきつけの居酒屋にいつものメンバーが揃う。

「俺なんて3か月丸々仕事なくてお先真っ暗って、この俺ですらメンタルやばかったもんな」と、当時のことを思い浮かべてか真一は大袈裟に身震いしながら話す。

「あ~、あの時お前からもう駄目だって死にそうな声で電話来たときは、こっちが焦ったさ。会ってやること出来ないし、金だって貸すなんて余裕こっちもなかったからさ。」と目の前の枝豆に手を伸ばすタケル。

「でも、あんときタケルに政府や自治体からの助成金つーの、色々教えてもらって助かったよ。ほんとあれから無知ってのがこんなに怖いのかって思って、今は頭フル回転させて自分から情報取りに行くようになったもんな」

「あ~、あれはお前よりちょっと物を知ってたってだけだよ、だけど良かったよな、会社なんとか持ちこたえられて。4年かかったけど業績も安定してきたもんなお前んとこ」

「うん、コロナ以前と以降とで世の中の価値観みたいもなもんが変わったじゃん。何ていうか、そこでしか経験できないものとか体験できないものに価値が見いだされて、演劇とかコンサートとか、要はエンターテインメントだよな。あのコロナの時にYouTubeやInstagramで色んな人が知恵を絞って、その時にしか出来ないことをやってUPしてたじゃん?俺朝8時16分からムロさんがインスタライブしてたの毎日見てたもん、懐かしいわ~。俺も独り暮らしじゃん、勝手に親近感沸いて毎日特になんもしない白湯すすって髭そってしゃべってるオッサンの動画なんだけど何か励まされてたもん。それにリモートでドラマとかあって、あの状態の中で何が出来るのかを考えて行動してる人とか見たとき、スゲーなって感動したし、俺もしがみついて絶対諦めたくないって思ったもんな。で、そん時にスマホやPCの画面越しで見てたものを生で見たい、この人の演技を舞台で感じてみたいって。あと当たり前にこうやって人が集まって飲み食いするってことが実はすっごい尊い時間だったんだって俺も含めて結構な奴らが思ってるじゃん。ん?俺何言おうとしてたっけ?」

「はははは、お前酔っ払ってるよ、まぁ言いたいことは伝わってるけどな」と、空になったグラスを片手にタケルは笑った。

「うん。まぁ、俺の会社はそうゆう需要を有難いことに掴むことができたってわけで。ってそういえばサキどうしてんの?連絡とってんの?」

「あ~最近忙しくて全然連絡してない、アイツも仕事忙しいみたいだし。お前こそコロナの時に散々サキにメンタルの部分で世話になったろ、連絡してないのかよ?」

「俺は半年ぐらい前に電話でちょっと話したぐらい。コロナの1年ぐらいは何だかんだ呑みに行けなくてリモート飲みよくしてたじゃん、でさ、その後徐々に仕事の飲み会とか世間では復活してきても、俺は仕事の方が結構大変でリアル呑みとかできる状態じゃなくて。でもその頃タケルとサキは呑みに行ったりしてたろ?」

「まぁな、アイツも結構ストレスフルで大変だったからリアル呑み出来るようになったら一人でここに顔出してた。で、俺が後から合流するみたいなことが多かったな。お前のことだって誘ったろ、何度断られても誘い続けたぞ。それでもこれなかったんだから仕方ないだろーが。」と手にしたピーナッツを真一に投げつけた。パーカーのひもに当たってテーブルに落ちたピーナッツを食べながら、

「サキに電話してみるかな?あの頃みたいにリモート呑み、って俺らはリアル呑みだけど」

「・・・お前完全に酔ってるな、ここ自宅じゃないんだぞ、ユーチューバーじゃあるまいし、こんなところでスマホに向かってイイ年したオッサン二人がしゃべるのか?」とタケルが話し終える前に、真一はスマホを操作していた。タケルは遠巻きに、でもスマホの画面が気になっていた。

「あっ」っと真一が声を上げるのと同時に、

「何考えてんの?!いきなりテレビ電話とかありえないから!」

と明らかにご立腹な様子のサキが画面に映っている。

「よっ、おつかれさん。」と横からタケルが画面に映りこむ。

「あ~!なになに二人一緒なの?何で?あたし聞いてないし。ちょっと何で声かけてくれないのよ、酷くない?」と缶ビールを飲みながら、サキは怒るというよりは呆れているように見えた。

「今度はちゃんと時間合わせて一緒に飲もう、リアル呑みしようよ。そん時は俺がご馳走するから」と真一はガッツポーズをしてみせる。

ふふふっと微笑むサキは、

「何だか懐かしいねこの感じ、まぁ真一は今みたく元気ではなかったけど、やけ酒って感じの飲み方ばっかりだったよねコロナの頃はさ。それが楽しいリアル呑みが出来て、しかも私にご馳走までしてくれるようになったなんて、ほんとあの時粘って諦めずに生きてて良かったね」

「うっうっ・・・ほんとに俺あの時辛くて辛くて、でも二人が話を聞いてくれて、いつでも電話してこいって言ってくれて、それが本当に嬉しくて、何度も諦めようかと思ったけど、俺は俺に出来ることを頑張ろうって。サキが、一緒に乗り切るよって励ましてくれて、それで踏ん張ろうって思った。」真一は目を赤くしながら、声を詰まらせていた。そんな真一の肩をポンと叩きながら、タケルは画面の向こうにいるサキを見た。泣き笑いのようなそんな優しい表情に、タケルはグッと心を掴まれていた。

「今日は男同士仲良く飲んで、次は私も混ぜてよね。あっもうすぐドラマだから電話切るよ~、じゃぁ飲みすぎないで、気を付けて帰るんだからね」とヒラヒラと手を振り、電話が切れた。タケルと真一は目を合わせながら笑った。

「相変わらずだな」

「ほんとだね、リアタイで見るのサキの元気の源の一つだもんね」そう二人して頷きながら、

「さてそろそろ俺らも帰るぞ。次はアイツも誘ってお前のおごりな」

「うん、絶対。」

真一の言葉には力がこもっていた。次の約束が、次会えることが絶対でないということを嫌というほど味わったからこその、絶対だったようにタケルは感じた。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?