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労働とやる気

仕事や勉強にやる気が出ないとき、そんな自分のことを、つい責めてしまうときがある。

ただ、よくよく考えたら、やりたくないことに、やる気が出ないのは当たり前。だから、そんな自分を責める必要がない。

かといって、「やりたくないから、やらない」という判断が必ずしも正しいわけでもない。やらなければならないことも、現実にはある。

例えば、会社で仕事をする場合、やりたくないことが多い。どんなに好きな仕事でも、一定程度はやりたくない業務が占めている。それでも、給料を貰っている以上は、その分の労働力を提供するのは当たり前の話。

だから、「やらない」が無理なんだから、できるだけ最短で終わらせるように工夫したり、業務効率化する方が建設的だし、その義務内容がよっぽど負担なら、業務分担の見直しを管理者にお願いしたり、部署異動・転職なども視野に入れるしかない。

一方で、どんなことにも「やりたいこと」が一定程度含まれている。例えば、気に入らない顧客の対応は嫌いだけど、営業資料の作成は好きとか、顧客の決算書を読み込んで財務分析をするのは好き、とか。そういう感じで、そんなに負担じゃない、むしろ好きな業務内容も一部にある。

きっと、それは労働というよりかは、個人の趣味嗜好に近くて、そういう部分が多ければ多いほど、やり甲斐が感じられるかもしれない。もちろん、それは会社が求めている労働ではないかもしれない。ただ、自分の人生を充実させるものだということは間違いない。

だから、仕事でも勉強でも、この業務は労働なのか、それとも個人的な利益がある業務なのかを、しっかりと区分した方がいい。その上で、もしそれが労働ならば、なるべく早く、最短距離で終わらせることができるように工夫して、それにより余った時間を、やりたいことに使えばいい。

労働にやる気がでないのは当たり前だし、心の中で何を思おうが個人の自由。だから、それを責めても仕方ない。むしろ、やる気の出ない労働をいかに早く終わらせて、自分にとってもプラスになるような、自然とやる気の出る仕事に、どれだけ時間を使うか、ということに集中した方がいい。

そして、やりたくないことをやらない言い訳に、やりたいことを使ってはいけない。そんなことを学生時代の自分にも言いたい。

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