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山梨で暮らす:大野拓己さん(農家、2016年に笛吹市に移住)にお話を伺いました(その2)

前回からの続き

ここで、今回のテーマである「暮らし」について伺った。農家というと一軒家をイメージしがちであるが、大野さんは笛吹市の市営住宅にお住まいである。通常、農機具置き場や作業場所などの確保が必要となるが、宮川さんの畑を引き継ぐことで、大野さん自身として持つ必要がなかった。このことも、通常の新規就農のイメージとは大きく異なる点である。集合住宅にお住まいということもあり、地域とのつながりは、東京の頃と「大きく変わっていない」という。市営住宅には自治組織となる「組」があるが、2カ月に1回清掃活動があるくらいで、それ以外には特に強いつながりなどはなく、日常的に挨拶をする程度の関係とのこと。お子さんはは8:30~17:30までは保育園に預けているが、今後は子どもを通じた親同士のつながりも増えていくようだ。

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一方、サッカーが趣味の大野さんは、WEBで地域のサッカーチームを探し連絡を取り、今は週3回昭和町のグラウンドでの練習に参加している。農業を通じたつながりについても、近所の畑の方とは交流はあるものの、周りが果樹農家であることや販路なども農協に依存していないことから、宮川さんとのつながりが中心であるという。

実は、農業に興味のあった大野さんのお母様も、大野さんが移住したちょうど1年後の2017年に南アルプス市に移住している。農業大学校で果樹を学んだ後に、今は大野さんと同様に農業に携わっている。山梨への移住は、息子である大野さんの移住がきっかけではあるものの、お互いに距離を保ちながら、それぞれの形で山梨での生活を楽しんでいる。

移住の際には、地域コミュニティとの関わりを強く意識していたわけでもなく、また現状の地域とのつながりに大きな不満や問題を感じているわけでもない。大野さんのように、人と人との適度な距離感や、自分の趣味や仕事、子育てなどを通じて選択できるつながり方を持つことが、もしかするとこれからの若者の移住にも求められるのかもしれないと感じました。

最後に、東京で生活していたことと今を比べて、大野さんはどんなメリットやデメリットを感じているのかを伺ってみた。もし今東京で暮らしていたら、朝早く出かけて夜遅く帰ってくる生活の中で、子どもの寝顔しか見られなかっただろうと語る大野さん。家族と一緒に居られる時間があることが最大のメリットであると感じている。一方で、通年で野菜を栽培する大野さんにとって、土日やまとまった休みを取ることがほとんど出来ないという悩みもある。

宮川さんの畑を引き継いでいく中で、将来的に農業法人化も念頭に入れているという。また、規模を拡大していくためには、新たな担い手の確保も必要となるし、栽培や出荷作業の効率化やそれによる生産性向上などにも取り組んでいく必要がある。こうした課題を一つ一つ解決していく先に、大野さんが目指す農業の姿やライフスタイルが見えてくるのだろうと思いました。

1時間ほどのインタビューを終えて、参加者の皆さんから感想やご意見、ご質問などを頂きました。

移住を考え始めてから1年に満たない期間で、これまで経験のない農業のために移住した決断力と行動力が、参加者の皆さんに大きなインパクトを与えたようでした。すべてを賭けて移住する、というよりも、まずは移住を試してみて、うまくいかなかったらまた東京で就職すればいい、それくらいの心のゆとりが、きっとスピード移住を後押ししたように感じました。その心のゆとりを持つことが出来たのも、宮川さんご夫妻の存在が非常に大きかったと言えるでしょう。

また、新規就農に関する意見も多くありました。大野さんの場合、農業大学校に入学した時点で、宮川さんの農家を継ぐことが決まっていました。しかしながら、他の入学者は必ずしもそうではなかったようです。そもそも農業大学校の職業訓練農業科は、農業生産法人等への就職支援を目的とした訓練の場であり、いわゆる「新規就農」を目的としたものではないとのこと。確かに職業訓練農業科のWEBサイトでは、「Iターン、Uターンを問わず、山梨県内の農業生産法人等への就職を目指す方を対象に、農作物の栽培技術や農業経営に関する知識を習得するための訓練です。」と説明が記載されています。とは言え、実際には就職ではなく新規就農を目指す人もいるものの、短期間でそのための準備をすることが難しいこともあり、新規就農を目指していながらも断念してしまう人もいるとのこと。

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新規就農には、土地の確保、技術の習得、販路の確保という3点セットが不可欠であり、そのための初期投資が必要と言われる。既存の農家が耕作できなくなった時、家族がそれを継いでくれるのであれば良いが、それが難しければ、親戚や近所の農家に引き受けてもらえるか当たってもらうという。しかし、いきなり見ず知らずの人に農地を貸すということはまずないので、こうした情報が広く流通することはない。したがって、新規就農で畑を借りたい人がいたとしても、簡単に農地を貸したい人とマッチング出来るわけではない。その意味で、宮川さんと大野さんの出会いは、「奇跡的」と言えるのかもしれません。さらに大野さんの場合、継承するのは土地だけではなく、宮川さんが積み重ねてきたその土地に適した栽培技術やノウハウであり、さらにはこれまで築いてきた独自の販路である。新規就農から3年という短期間で、大野さんの農業が軌道に乗ってきたのも、この3点セットが揃っていたことが大きいと言えるでしょう。

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耕作放棄地を活用することは重要な課題ではありますが、むしろ耕作放棄地となる前にこの「3点セット」で継承できるしくみを整えていくことで、新たに農業をはじめたいという人にとって、事業リスクや初期費用の負担を大幅に軽減することが出来るのではないか。その意味で、大野さんと宮川さんの事例は、今後の新規就農を考えていく上での一つの大きなヒントを与えてくれるものでしょう。このテーマについては、今後このサロンでも、改めて深めていきたいと思います。

文責:佐藤 文昭(山梨大学地域未来創造センター特任教授)

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