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ロシアから天然ガスが来ない。EU経済はどうなるのだろうか?

1.ノルドストリーム1の天然ガス供給完全停止

ロシア国営ガスプロムはノルドストリーム1のタービンの修理を理由に8月31日から停止しています。

ロシアのペスコフ大統領報道官は9月5日の記者会見で、ロシアに対する経済制裁が解除されるまで欧州へのガス供給を停止室図ける可能性を示唆しました。英紙ガーディアンなどによると、ペスコフ氏は「ドイツや英国を含む西側諸国がわが国に科した制裁措置のために生じた」と非難し、供給再開は、制裁が解除されるかどうかにかかっているとの見方を示しました。

これは、もう、西側の制裁が解除されるまで、ノルドストリーム1の供給再開はないと見た方がよさそうです。

2.ガスプロム社

ロシアのガス最大手はガスプロム社です。ガスプロム社はプーチン時代以前には、取りに足らない会社にすぎませんでした。死に体だったガスプロム社を世界的大会社に変貌させたのはプーチンです。

ガスプロム社の成長のプロセスは、プーチンの影響力の成長を語ることそのものと言っていいでしょう。

1989年ベルリンの壁が崩壊しました。この年、旧ソ連のガス工業省が廃止され、ガゾヴァヤ・プロイムシュレンノスチ(直訳すればガス工業)となりました。この名称を短縮したのが「ガスプロム社」の社名の由来です。1991年にソビエト連邦の終焉で、1993年に民間企業となりました。ガスプロム社は、国家財産の多くをそのまま引き継いだため、生産高は高い状況でした。当時ロシアで天然ガス生産に当たっていた大手四社(シェヴロン、BP、エクソン・モービル、ロイヤルダッチシェル)合計の2倍に匹敵する量でした。

したがって、立ち上げ時点から超大手企業でした。しかし、その内実は問題多き企業だったのです。ガスプロム社は代金回収ができなかったのです。自由市場に不慣れな国内の会社は支払を滞らせ、物品での支払いを組み込んでくるという有様でした。旧ソビエト連邦諸国も支払いができませんでした。その筆頭がウクライナでした。1994年の数字で見れば、四大石油会社のガス生産量の2倍を販売しながら、収入は四社合計の8分の1という状況だったのです。

1996年同社はADR預託証券(米ドルでの株券の売買を可能にする証券)を登録し、米国市場で投資家を募りました。併せて国際金融市場から25億ドルの調達に成功します。1998年にはロシア国内で金融危機がありましたが、それも無事に乗り切りました。

しかし、この年に経営上の大きな問題に直面します。同社は税金をうまく免れてきましたが、それは当時の首相ヴィクトル・チェルノムイルジンの力に負うところが大でした。(チェルノムイルジンは同社の元社長、就任1989年)。チェルノムイルジンはエリツィン大統領の下で最も長く首相を務めた人物でしたが、1998年に解任されたのです。そのチェルノムイルジンが再びガスプロム社のトップに戻ったのです。

チェルノムイルジンは同社の財産を親族や友人に分け与えることに熱心でした。最も典型的な例はガスプロム社の子会社プールガス社株32%相当を売却したケースでした。4億ドル相当の株をわずか1200ドルで売り渡したのです。まさかの数字ですが、事実でした。また、8億5000万ドルを、チェルノムイルジンのお気に入りの人物たちに低利で融資したこともありました。ガスプロム社はその資金を市場金利で金融市場から調達していました。結局、1997年から2000年の間に60億ドルの価値のある資産をわずか3億2500万ドルで売却したのです。

そして、その後にプーチンの時代が始まりました。これがガスプロム社再生の始まりだったのです。プーチンの動きは素早いものでした。プーチンの大統領就任から12週間後には、チェルノムイルジンを更迭し、ドミトリー・メドベージェフに代えました。この翌月にはCEOのレム・ヴャヒレフを、当時無名であったアレクセイ・ミレル(エネルギー産業省高官)に代えました。メドベージェフとミレルの二頭体制になって、ガスプロム社は蘇りました。

ガスプロム社の経営が正常化すると、同社の海外からの資金調達も楽になりました。国内ではガスプロム銀行を設立して金融セクターにも参入しました。今、ロシア最大の非国有銀行で、ロシア三大銀行のひとつとなっています。財務の健全化により、新規鉱区の獲得、設備の更新、新規増設などにも積極的になりました。2005年にはロシア政府所有分は同社の過半数を超え、実質国有化しました。その後は、プーチンのエネルギー戦略の中心として、プーチンの影響力拡大に資する企業となっているのです。

ガスプロム社は今や、プーチンの差配の下、西欧のエネルギーの支配しているといっても過言ではありません。同社がノルドストリーム1から供給する天然ガスの停止がまさに西欧の息の根を止めようとしているのです。

3.インフレからスタグフレーションへ

EU圏のインフレが止まりません。

(EUのインフレ率:出典/Trading Economics

EU統計局が8月31日に発表した8月のユーロ圏の消費者物価指数は前年同月比9.1%上昇しました。統計で遡れる1997年以降の最高を4カ月連続で更新しました。

元々、ロシアからの天然ガス供給は絞られていましたが、ここに来ての完全停止によって、天然ガス価格の上昇が予想され、今秋にかけて跳ね上がるとみられる光熱費を中心にインフレはさらに加速する可能性が大です。

「景気が後退しても、インフレ上昇リスクは必ずしも低下しない」。ECB(ヨーロッパ中央銀行)が8月25日公表した7月の理事会の議事要旨に出てきた文言です。天然ガスなどの供給不安に起因したインフレは景気が冷え込んでも続くという危機感の表れでしょう。

ECBは景気より物価の安定を優先させる方針を鮮明にしてきています。そのため、景気後退懸念があっても利上げは継続。その場合、一段の景気後退を招くことになります。

さらに、インフレに追い打ちをかけているのが、ユーロ安です。1ユーロ=1ドルの「パリティ(等価)」を下回る約20年ぶりの安値圏で推移し、輸入物価の上昇を通じてインフレを押し上げています。もし、ECBが利上げをためらえば、さらなるユーロ安、インフレ加速を招いてしまいます。その意味でもECBは利上げをせざるを得ない。EUのインフレ率は10%を超える。そんな見方も市場では出ています。景気後退の中、インフレ率の最高を更新する。「スタグフレーション(不景気の中の物価高)」に一直線に進んでいるのが今のEUです。

4.ドイツの厳しい現実

来る冬に備え、ドイツでは9月から新しい対策が導入されました。9月から向こう6カ月、公共施設の暖房は最高19度までになります。まだまだ残暑が続いている時期は大丈夫でしょうが、真冬には厳しい温度設定です。これまではオフィスの奨励「最低」気温が20度の設定だったようです。さらに、ホールなどの広い空間や技術室の暖房は極力避けるように求められます。

小売店のショーウィンドウは夜10時から翌朝6時まで消灯されます。日中もドアを閉めなければならなくなるため、これまでは営業中はドアを開けているお店が多かったドイツですが、「ドアは閉まっていますが、営業中」ですというポスターを小売業団体が用意しているようです。

モニュメントなどのライトアップ中止も検討されています。地下道の電気広告などは夜間も点灯されるようですが、それでも街中が暗くなることによる治安の悪化を懸念する声も上がっています。他にも温水プールなどの禁止も打ち出されています。

ドイツではガス調達の「非常警報」が発令されました。最終段階の「緊急事態」では、政府がガスの配給制などで直接介入することを意味します。家庭への供給を優先する結果、工場の稼働停止などが現実味を帯びています。

5.南欧の債務危機

南欧の財政状況は元々厳しい事情にあります。IMFによると、イタリアとスペイン、ギリシャ、ポルトガルの政府債務残高は22年時点で4兆9255億ユーロ(約680億円)に達します。欧州債務危機が深刻になった2011年と比べて1.5倍に膨らんでいます。

特にイタリアは財務の健全性の目安となる政府債務残高の国内総生産(GDP)比が140~150%まで上昇しています。新型コロナウイルス禍の前は130%程度でしたが、経済対策で一気に増えています。

さらにECBの利上げも追い打ちとなります。連続して利上げが予想されます。金利上昇が進めば、債務負担も重くなってきます。

まとめ

  • ノルドストリーム1の完全停止でヨーロッパは深刻なエネルギー危機。ロシアは西側の経済制裁解除まで天然ガスの供給再開をしない模様。天然ガス危機は冬までに解決するのは難しいと思われる。

  • ガスプロム社がヨーロッパのエネルギーの命運を握っている。ガスプロム社=プーチン。

  • EUはインフレションからスタグフレーションに向かう。

  • ドイツは天然ガス危機で厳しい規制を余儀なくされている。

  • 南欧は再び債務危機の懸念が持ち上がっている。

未来創造パートナー 宮野宏樹

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