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28歳になって、やっと母が許せた話

これまで、生きてきた中で、

何か壁にぶつかったとき、
何か仕事でうまくいかなかったとき
友達に馴染めなかったとき


いつもどこかで
自分が育ってきた
家庭環境のせいにしていました。

あたたかい家庭とは
程遠い、家庭で育った私。

特に、母との関係は
違和感だらけの関係で。



ずっと「母」のために
我慢してきた。

そう思っていました。




高校受験の時も
母を満足させるための進学校
それ以外は、かんがえられなくて
必死に毎日勉強して。



大学受験の時も
行きたい大学はあったけど、
一人暮らしなんて許してもらえるわけもなく
「母」が許してくれる学校に行くしかない。



就職の時だって、
母が満足してくれる 公務員 という仕事を選んだ



いつだって私の人生は

「母ありき」



母の顔色を伺って、
機嫌をそこねないように。


だって、母が怖かったから。





ううん、本当は違う。



母に認めて欲しかったから。

母に愛して欲しかったから。






これまでずっとそんな決断だった。



だから、壁にぶつかったり
1人で苦しくなった時、

恥ずかしい話…


大人になっても
ずっと心のどこかで
母のせい、家庭環境のせいにしてきた。


自分が友だちと馴染めないのは、
こんな性格になった家庭環境のせい。


自己肯定感が低くて、
生きづらいのは、
あんな家庭環境で育ったせい。


人の顔色ばかり伺ったり
人から、どう思われるか気にしすぎる性格も



全部、全部、家庭環境のせい。



だから、私は仕方ない。


なんで、あんな家に生まれたんだろう。


なんで、周りの友だちみたいに
あたたかい家庭に育てなかったんだろう。


なんで、なんでも話せる友達みたいな母親じゃないんだろう。



私はきっとずうっとこのまま
生きづらさを抱えながら 生きていくんだ。



そうやって、何もかも苦しくて

誰かのせい、
家庭環境のせいにしてないと
自分が崩れ落ちてしまいそう。

そんな中で 生きてきました。







だけど、そんな私が救われたのは



"自己肯定感"を学んだから。



こんな家庭で育った私は
とにかく、自分の家庭を持つことが怖くて、



結婚した後も、我が子が生まれた後も
いつか「ああなってしまう」
きっとこの子にも寂しい思いをさせてしまう

夫婦関係もきっと険悪で
離婚の危機にさえ陥ってしまう



そんなふうにいつもどこか不安で‥




でも、ほんとはどうにか変えたかったんです。


子供の頃に憧れていた
母親像、あたたかい家庭を
自分は、なんとか築きたい。


そう思い、たくさん
心のことも、自己肯定感のことも
学びました。


そしたらね、
こんな言葉に出会ったんです。

"あなたを苦しめるものは もう手放していい"





これまでの自分の経験、
過去は変えられないし

育ってきた環境も
父も母も変えることはできない


唯一、変えられるのは
自分自身の「捉え方」


あの時、辛かったよね
あの時、気づいて欲しかったよね
あの時、抱きしめて欲しかったよね


そう自分自身の気持ちを認めて

もうその気持ちが必要ないのなら

自分で手放してあげる


そんなことを繰り返しているとね‥

なんだか 自分で自分の傷が癒せるようになってきた


なんだか、きっと父も母も
苦しかったんだろうな

きっと父も母も
寂しい思いを子供の頃に
たくさんしてたんだろうな

そんな中、

なんとか必死で、生きていたんだろうな

ってやっとやっと 父のことも母のことも
許すことができました。




いっぱいいっぱい涙を流して
なんだかスッキリして

28歳になった今、やっと過去を手放して
前に進むことができました。



今度、育ててくれてありがとう って
伝えてみようかな。



”親子で育む自己肯定感”講師

上願 みらい


[親子で育む自己肯定感]
親子で 今より心地よく
親子で 今より生きやすく

1期 🈵
2期 🈵→増席🈵
3期 2023.05.11スタート 残2名

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最後までご覧いただきありがとうございました🍀

心地よく生きやすくなるヒントになれば嬉しいです🌸

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