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入り出の常連さんとヅカ友ーファンクラブの噂話ー

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椿へのお手紙渡しが始まった。
いつものように深々とかぶった帽子から真っすぐな口元が見える。
もともとクールな顔立ちで、愛嬌があるタイプではない。
無表情で黙々とお手紙を受け取る姿は、絶対になにかしでかすなよ、という無言の圧力に思えてくる。


お手紙渡しの列には必ず常連さんが並んでいる。
それもいつも先頭に。

このあたりに住んでいる常連さんたちは、舞台を見ない日も入り出には必ず来ているものだ。
舞台は気が向いたときに見ているそうで、それ以外の日は必然的に先頭集団に並ぶことになる。

つまり入り出の最前列は「いつものメンバー」が占めることに。
でもこれは宝塚スターを守っていくというスタンスのファンクラブとして正しい姿だ。
なんにもわからない、もしくは変なことをしでかしそうなタイプの人が最前列に並ぶと何が起こるかわからない。

実際にスターさんに凸したファンをファンクラブ会員が必死に止めたことがある、という話しを天使さんから聞いていた。
その時のスターさんはさぞ怖かっただろう。そしてファンクラブ会員の勇気に脱帽だ。

顔見知りが最前列を占めるというのは、お互いにとって良いことというのはこの時に知ったことだ。



無事お手紙渡しも終わり、隣にいる2人組と夕食を食べに行く時間になった。

「今日もいつもの椿だったね」

そう言いながら花の道へ向かう。

暑い夏の日だった。もうすでに花の道の店は満席、もしくは閉店している。

「暑いー、もうどこでもいいから入ろう」

そう言って入ったのはカジュアルなイタリアンの店だった。


このあたりのお店には宝塚スターさんの写真やサインが飾られていることが多い。入口に貼ってあるポスターはほとんどが「〇〇さんゑ」みたいな宛名入りだ。

ここのお店にも案の定、現在注目株のスターさんのものが貼ってあった。
ここで何食べたんだろう、想像して話題が盛り上がる。


ビールを頼んで待つ間に、やっと本格的な自己紹介がはじまった。

「私は澪(みお)。大阪市に住んでる。」
「それでこちらが璃子(りこ)。北海道から来てるの」

澪も璃子もほぼ毎週来ているという。

えー!北海道!と最初は驚いたものの、宝塚ファンには遠方から来ているファンも多い。ただ、来ている回数は普通のそれよりずっと多かった。

北海道に関する知識が薄い私にとって、名産とか雪とか大自然などとってもつまらない質問をしたのは今思えば申し訳なかったと思う。

一通り自己紹介も済んで、いよいよ話題は本格的に宝塚のことになった。


「今日も来てたね、あの人」


あの人、というのは澪と璃子にとって共通言語らしい。
私は理解できるところまでじっと聞き入ることにした。


「あー、来てたね。今日も出待ちは最前列だったね」


どうも最前列に並んでいる常連さんの一人のことらしい。
すると澪が私に話しを振ってきた。

「あの最前列にいる髪の長い白いワンピース来ていた人、わかる?」
「30代前半くらいかなぁ、あの人」

そういえばいつも見かける髪の長い人がいる。確かに今日は白っぽい服を着ていたかも。


「あの人ね、毎週来ているの」
「でもね、ちょっと要注意人物って言われてるらしいよ」

えっ、と声がつまった。
突然何を言い出すんだろう、と私は固まる。

黙ってしまった私に気づくと二人は慌てたように「ごめんね、急に」と謝ってくる。

「なんかね、あの人前に椿のお手紙渡しのとき暴走しちゃったんだって」

暴走?!いったい何をしたのだろう。
お手紙渡しで暴走ってけっこう難しいよね、想像しようとしたがその時は話しについていくのに必死だった。


その白いワンピースの人は、公演の時期になると各地に住まいを移し、俗にいう追っかけをしているらしい。
そしてその暴走というのは、椿のファンになった初期のころに起こした事件で、それ以降ファンクラブのスタッフさんたちは彼女に対してピリピリしている、と。


私はその暴走の内容が気になって、その他の情報が一切耳に入ってこない。
暴走っていったいなんなんだ、何度想像しても思いつかない。

澪と璃子に詳しく突っ込んで聞いてみると答えはこうだった。
「接近しすぎたらしいよ」

お手紙渡しで接近しすぎるってどのくらいの距離感かはわからない。
でもスタッフも周囲の人も、そしてスター本人もヒヤっとするくらいの接近なのだから相当近づいたのだろう。


私は一度事件を起こすとファンクラブ内でこれだけ噂になってしまうこと。
そしてスタッフさんから要注意人物と言われる人が存在していることを初めて知った。

椿のあのお手紙渡しは「本当になにもするなよ」という圧を実際に発しているのかもしれない。
そう思うと、私も絶対やらかしたと思われないように気をつけようと身が引き締まった。







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