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せいかつの軌跡(23)

トモシの慣らし保育が始まった。
たった二時間、保育園に預けるのに数週間前から何だかそわそわして、心が落ち着かない。

トモシは母との別れ(二時間)を察知しているのか、
「だっこして」
「カカのうちで遊びたい。線路で、あそぼ」
「ねんねしながら、パイパイしよ」
「ご飯イヤ。せんべいがいい」
と、朝からリクエストが多い。
余裕があるうちだけ、と思い要望に応えていたらあっという間に時間が過ぎ、結局バタバタしてしまう。
前日からあれこれ、用意していたのに。

たぶんこれから、毎日こんな感じなんだろうな。

登園し、担任の先生に挨拶。
タオルなどを規定の場所に置いて、出来るだけさっさと外に出た。
トモシの泣く声に後ろ髪を引かれながら、急いで車に乗り込み家に向かう。

たった二時間離れるだけ。
と思いながら、涙が溢れて止まらない。
母と子、二人で過ごした時間は大切過ぎる。

だけどこれからは同じくらい、家族や夫婦の時間も大切。

現状あるもので精一杯の選択をした、と信じたい。

二年半ずっと一緒にいたからなのか、まだどこかで彼は私の身体の一部であるような気がしていて、何というか、彼と離れた今の私は空っぽだ。

心臓を半分くらい、持っていかれた気分。

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明日の雨の前にと、帰ってすぐ畑に出た。先日草刈りをした畝に手鎌で溝を掘り、種を蒔いて土を被せる。芽が出ますように、と希みをかけて手のひらで土を押さえる。身体を動かしてはたらいているうちに、少しずつ「わたし」が帰ってきた気がした。

そばに畑のある暮らしをしていて良かった、と思うのはこんな時だ。畑は私のモヤモヤやぐちゃぐちゃを、いつも受け止めてくれる。

あっという間に過ぎた二時間。灯を迎えに行くと、先生に抱っこされた彼は私を見るなり泣き出した。

み「トモシ、よく頑張ったね。ありがとう。一緒にお家に帰ろ。」

彼を抱き寄せてこう言うと、涙の跡の残った顔で一言。

灯「うん。ずっと待ってたよ。パイパイ、いっぱい飲んでいい?」

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こんな愛しげなお願い、断れない。卒乳の予定がまた延びた。保育園に慣れるまでは、しばらく続けるのもいいな。

夜眠る前、灯が今日の思い出を話してくれた。

灯「○○せんせいと、あそんだよ。コーヒー、淹れてあげたよ。」

み「へー、いいな。わたしにも、コーヒー淹れてほしいな。」

灯「いいよ、明日ね。せんせい、ひとりであそんでたよ。」

毎日飛び出す、彼の名言珍言に笑った。

二歳児にはこの世の色んな営みが、全て「遊び」に見えているのかもしれないな。


抜け殻となりし我が身を連れ帰る

金木犀の灯る古民家


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