見出し画像

Fan letter 12 我が心のリンダリンダ☆THE BLUE HEARTS

 新しい年を迎えるまであと十日あまりとなり、いよいよ今年を振り返る時期になりました。

 今年の私のことは、noteで私のことを見守ってきてくださった方々は既に色々とご存知のことと思います。まるで「年寄りの冷や水が思いがけずぬくい水だった」みたいな、「無謀な暴挙が案外イイ感じに落ち着いた」ような一年でした。

 てなことを書くと、みらっちさんはkindle本を作って文庫本も作ってそれを店で売るなどして、しかも案外頻繁に「お買い上げいただきました!」なんてツイートが流れてるし、お店にnoteの仲良しさんがきてくれたとかなんとか、なんかツイてるんじゃないですか、なんなら調子に乗ってるんちゃうか、的な感想を持たれる方もいるやもしれません。

 かつて、尊敬する心理学者、河合隼雄先生はご著書の中で仰いました。

「人生に、ふたついいことはないものです」

 そう。私はそれをいま、身をもって実感しております。

 そもそも「いいこと」や「悪いこと」などというのは、ある物事をどの角度から見たかという解釈であって、「人間万事塞翁が馬」「禍福は糾える縄の如し」と言う通り、良いことが必ずしも良いことではなく、その逆もしかりではあります。それでも、私のこの1年は、これまでの来し方を振り返ってみても、自分がしたいと思ったことができた点で、幸運だったと思います。しかしいっぽうで、家庭内における嵐は容赦なく吹き荒れ、正直、今、私は「良いことがあろうと悪いことがあろうと、常に己を中庸に保つ、淡々と」という指針というかポリシーがぐらつくほどに、打ちのめされています。

 いやほら、アレ。
 年末年始になるとよく記事に登場するあの息子ですわ。笑

 この息子がなかなかの難物でして。いえ、くどくど何があったかとか愚痴を書き連ねるつもりはないのです。これも言ってみれば「ある角度からみれば」の話に過ぎませんからね。いろんな立場のいろんな人からすれば幸運と幸せの上の悩みなんていかほどか、というようなことではあります。今日食べるご飯があって、心安らかに眠ることのできる家がある。そんなところで息子のあれこれなんて、取るに足らないことではあります。その通りです。

 しかし、やはり自分と違う人格の人間とがっぷり四つに組み――というか組もうにも組ませてくれない柳に風、暖簾に腕押し、豆腐に釘みたいな存在の相手に、どう接すればいいのか、というのは、これも自らの「学び」とはいえ結構、苦行でございます。

 ま、なんやかんやあったわけです。そうして昨日、割と絶望的な言葉を吐かれてしまった、と。それだけは言われたくない、というような言葉を。まあその言葉にいきつくまでも何時間もかかってるんですが。

 私は、目の前のこの人にどうしても気づいてほしいこと、大事なことを話しているつもりだけれど、要するにそんなものは親のエゴに過ぎなくて、相手をコントロールしたくてこんなことを言ってるんだろうか。「あなたのため」と言いつつ自分の思い通りの人間であってほしいからこんなに熱弁を奮ってしまうんだろうか。
 かつて親に言われたのと同じようなことを、この人に言ったところで、自分がどう感じたか、何を考えたかなんてわかりきっているのに、繰り返し繰り返し何千回何万回。でも誰かが言わなきゃわからないこと、気づかないことがあるならそれを言えるのは親しかいないんじゃないかと思う。思うから言ってしまう。でもそれは単に「私」の感情や感想であってこの人に関係ないことかもしれない。この人が自分で気づかなければどうにもならないことだとはわかってる。今のこの状況を打破するには、この人の気付きが不可欠なのだが、果たして親が、言葉で気づかせることなんてできるのだろうか。親は、何もできない。ただ、崖っぷちから転げ落ちそうになっている愚か者をみていることしか――

 昨日最終的には、珍しく久々に泣いてしまいまして。自分が。口論に勝った負けたではなく、あまりの伝わらなさに絶望して、ぐぐうと深いところから涙が込み上げてしまいました。
 どういうカルマの清算なんだか、親子っていうのは厄介極まりない。

 で、朝起きたら頭の中になぜかこの歌が――

 ドブネズミみたいに
 美しくなりたい
 写真には写らない
 美しさがあるから

「リンダリンダ」

「リンダリンダ―リンダリンダリンダリンダ
 リンダリンダ―リンダリンダリンダァァー!!!」

 朝、キッチンで洗い物をしながら歌ってしまったブルーハーツ。
 何があったか知ってる夫、「突然リンダリンダとかやめて(笑)」と言いつつ止めませんでした。
 以来、ずっとYouTubeでブルーハーツを聴いています(ブルーハーツはサブスク解禁していないので配信では聴けず。YouTubeには公式があります)。

 もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら
 そんな時はどうか愛の意味を知ってください

「リンダリンダ」
やべぇ、泣けるわ

 そしてナイフを持って立ってた
 そしてナイフを持って立ってた

「少年の詩」
まあね、現実にナイフ持って立ってないだけマシか

やさしさだけじゃ 人は愛せないから
ああ なぐさめてあげられない
期待外れの言葉を言う時に
心の中では ガンバレって言っている
聞こえて欲しい あなたにも
ガンバレ!

「人にやさしく」
そーゆーことなんだけどね親子も結局

 永遠なのか 本当か 時の流れは続くのか
 いつまでたっても変わらない そんなものあるだろうか
 見てきたものや きいたこと
 でたらめだったら面白い そんな気持ちわかるでしょう
 答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
 涙はそこからやってくる 心のずっと奥の方

「情熱の薔薇」
花瓶に水を上げましょう・・・


 ああ 百分の一でも
 ああ 信じてほしい

 他の誰にも言えない ほんとうのこと
 あなたよ あなたよ しあわせになれ

「ラブレター」
親心もほんこれですよ

誰かのルールはいらない 誰かのモラルはいらない
学校も塾もいらない 真実を握りしめたい
僕らは泣くために生まれて来たんじゃないよ
僕らは負けるために生まれて来たんじゃないよ

「未来は僕らの手の中」

 今の息子と同じ年頃に聴いていたブルーハーツ。
 まさかおよそ40年後に全く違う立場から、全く違う感情で受け止めてここまで心が揺さぶられるとは思いませんでした。
 まっすぐなブルーハーツの言葉には嘘がない。真実ホントのことしか言ってないからなのかもしれません。

 てなわけでどういうわけか今現在、ブルーハーツだけが私の傷ついた心を慰めてくれております。

願いをかける星さえ見えず
そんな気持ちなんです
 (中略)
深い涙の底に沈んだ
そんな気持ちなんです
(中略)
都会の空に星をください
とてもきれいな星をください

「星をください」

※今改めて良く聞くと(確かに昔も薄々気づいてはいましたが)かなりの数の反戦や平和の歌を歌っていたんだなと気がつきました。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?