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吉穂堂へようこそ

 神田神保町といえば、私にとってはタカミハルカさんです。

 タカミさんは東京各地の書店を愛を持って紹介してくださる記事をたくさん書いてらっしゃいます。上の記事は特に古書愛、神保町愛に溢れています。

 タカミさんは文筆業を生業にされている、プロのお方。タカミさんの鋭い考察や面白記事に夢中になること請け合いです。総目次として記事一覧も作ってくださっているので、もし未読の方がいらっしゃいましたら、ぜひ。noteでは必読のnoterさんのひとりです。

 さて、そんな神保町にある古書店のひとつに、ワタクシ棚をひとつ、借りることになりました。吉穂堂よしほどうと申します。

 きっかけは、「小さな鈍器本」という記事にくださった海人さんのひとこと。

 なななんですと!
 棚貸しの共同本屋――⁈

 衝撃を受けました。考えてみたこともなかったからです。でも、このコメントを拝読して以来、頭から離れなくなりました。

 Amazonで書籍を作っているけれど、どこかモヤモヤしている。
 かといって手売りをするのはいろんな制約があって厳しい。
 BASEなどのイーコマースを利用すると、匿名送付を利用しても、少なくとも相手の住所氏名はわかってしまう。

 なにかいい方法はないだろうか?と常日頃考えていました。
 kindle本は作ってみた。収益は度外視で作ったものだけれど、誰かに読んでもらいたい気持ちはあるし、売れたらやっぱり嬉しい。
 自己満足のために1冊だけ、と作った文庫本も、結局1冊だけというわけにはいかず、5冊くらいは印刷することになるし、その余った本は、ただ家の本棚に並べておくだけ。でも、もしも本屋さんの棚にあったら、誰かが手に取ってパラパラめくってみてくれることもあるんじゃないか。

 だとしたら――

 本屋。
 それがいちばん、理想なんじゃない?と。

 しかも、海人さんのコメントにあった「PASSAGE」のサイトにはこんな文字が。

 字、でかい…
 大声で耳元で言われた気がする文字の圧。

 そう、な、のかも、しれ、ない・・・(⇠洗脳され中)

 え?いきなり?
 私、本屋をやるの?
 自問自答する間もなく、何かに操られるように問い合わせをしていました。

 最初は「1階には現在空きがありません」だった表示が、たまたま次に見たときには「空きができました」に代わり、そもそも新しくできた3階には、まだ少しだけれど空きがあるとのこと。

 こうなったら、やるしかない。

 謎の焦燥に駆られた私は、1階の抽選と3階の空きの先着順の棚に申し込みました。1階の抽選は50倍の競争率であえなく外れ。3階の棚主にはなれるとご連絡をいただきました。

 そこから先はあれよあれよと場所が決まり、入金を済ませたらいきなり「棚主」です。搬入も宅配便を使うことができるので、商品を登録したら荷物を詰めて送るだけ。

 荷物を送る際、棚の要望を写真にとって同封したら、その通りに綺麗に並べてくださいました。

 遠隔からも棚主になれてしまったことに、少し茫然。

 とはいえ、自分の棚を見に行ってみなければ始まりません。

 私は、生まれて初めての神保町に乗り込むことにしました。

 ———え?
 今、・・・なんて?

 そう。わたしは神保町に行ったことがありません。学生時代、チャンスは何度もあったし、東京で働いていたこともあるのに、古書街に一度も行ったことがないのです。
 なので、タカミさんの記事を読んだとき内心「やばい。いかにも行きなれてます風を装っておかねば。本が好きとあれほど言っておいて、行ったことがないなんて言えない!」と思っていたのですが、まあそんなことで嘘をついたところでしょうがありません。

 憧れはありました。
 なぜいかなかったか、の問いに答えるとすれば、私はレア本に対する執着があまりないことと、論文は学校や公共の図書館で賄える範囲でいいんじゃない?という変な持論があったせいです。その是非はさておき――

 タカミさんの記事を読んで憧れを募らせていたところに、突然舞い込んだ共同書店の話。

 最初は、私のような下賤げせんのものがいきなり天下の神田神保町に棚とは言え店をだすとは烏滸おこがましい、と謎の謙虚を発動し、他にも共同書店はないか探しました。

 吉祥寺のブックマンションさんが共同書店のさきがけのようで、横浜にも「Kita」という共同書店があることがわかりました。

 色々調べた結果、「PASSAGE」さんはやはり魅力的でした。なにしろ内装が素敵すぎる。そしてサブスクとなる賃料も高すぎるわけではありません。もし売れるようだったら、いずれオンライン販売もできるというのです。そうなったら、お互いに身バレをせずに、売り買いできることになります。

 店が出せるのなら、やってみよう、と決心。

 いよいよ店の体裁が整い「何はともあれ、現場に行かなきゃと思ってるんだよね」と打ち明けたのは誰あろう、金森氏。「あ。それは行かなきゃね。ちょうど私、そちら方面に病院に行く用事があるもので」と、一緒に行くことになりました。
 ――即答。さすが金森氏。話が早い。

 お茶の水で待ち合わせて、歩き始め、まずはちょっと小腹を満たそう、ということになりました。

「ナゴミさん、どこかお昼のお店知ってる?私、神保町初めてで」

 ——え?なんて?

 金森さんは「は?」という感じで耳に手を当てました。
「みらっちが神保町に行ったことない、というのは意外過ぎてびっくり」

 いや確かに「毎週行ってますわ、界隈はまかせて」みたいな顔をしてたかもしれません。
「ということは何。一度も来たことないのに、店出しちゃった、と?」
 そういうことです、はい。
知らないから無謀になれること、というのはあります。

 まずは、この辺に来たらここに行く、というお蕎麦屋さんに連れて行ってくれました。お昼時からは少しずれてましたが、並んでました。

神田の老舗のおそばやさん

 お蕎麦屋さんを出て、いよいよお店に向かいます。
 金森氏は職場や学校が近かったということで、神田界隈、なかなかに詳しく、右往左往する私をスムーズに案内してくれます。
 「ここが三省堂さんね。あ、今建て替え中であっちにあるんだね」「ここが白泉社。個人的にムネアツ」「ここが小学館」「あっちが集英社」「あのへんは洋書街じゃなかったかな」と、目的のすずらん通りにもらくらく到着。すぐにお店を見つけることが出来ました。

お店は目立つのですぐわかります




 私、金森氏がいなかったらどうするつもりだったんだろ・・・
 という気持ちが胸をよぎりつつ、店の中へ。

 だいぶ興奮状態だったので、ちょっと挙動不審だったかもしれません。
 前の日は、遠足にいく子供のように、よく眠れませんでした。

 中に入ると、何人かお客様がいます。
 お店のドアは常に全開で、入りやすい雰囲気です。
 受付の運営の方が、案内してくれました。
「搬入ご予約の方ですね。ええっと、ヨシ・・・」
 はい、吉穂堂よしほどうです、と名乗りましたが、そうか、吉穂堂って漢字で書くと読みにくいかもしれない、とその時初めて思い至りました。自分では慣れちゃって初見の時どう思うか、ということまで考えてませんでした。ふりがなを振ったほうが良さそうです。

 今日は棚の様子を見るついでに、搬入する本を持ってきていました。
 他の方のお店である棚の様子もうかがい、いろいろと勉強しなくては。

 するとそのとき、お店に入ってきた男性が。
「あ、先生こんにちは」
 店員さんが挨拶をして、何やら会話をしているうちに、その方こそがこのお店のオーナーである有名なフランス文学者、鹿島茂さんであると分かりました。

 運営の方が「今度新しく棚主になられた方です」と紹介して出さったので、こんにちは、これからよろしくお願いしますとご挨拶しましたが、まさかいきなりお会いするとは思っていなかったので、変な汗をかいてしどろもどろに挨拶してしまいました。
 ああ。こういうとき、如才なくできる才能が欲しい――。

 運営さんに搬入作業を教えていただき、返本や新刊本の扱い方を聞いて、いよいよ自分の棚に向かいます。

 1階と3階は階段でつながっているわけではなく、いちどエレベータに乗らないといけません。こういうことも来てみないとわからないものです。

 3階は小ぢんまりした雰囲気の良いカフェ(世界のビールもあり)で、その入り口近くの下の方に、私の棚はありました。

初公開


ちょっと並べ替えてみた


入り口すぐの大きな棚が
「アングル大通り」と言う名前の棚です


上の棚には鹿島茂さんの棚が


Caféの席は、コワーキングスペースのように時間帯の貸し出しのようです


キャッシャーの前には地域の情報が
バーのようなカウンターですが
本はここで買えます


近隣有名店のお菓子もおいてありました

 何とも居心地の良い店内。
 静かな時間の流れる、美しい本棚に並べられた、誰かのものだった本たち。棚にはそれぞれ、フランスの作家や画家や、通りの名前がつけられています。
 私の棚の名前は「アングル大通り」。

 感激してしまって、うまく思考が働きません。
 家で「この本は並べてもいいのかな。この本はいくらにしたらいいんだろう」なんて考えていた小さな世界を飛び出して、パリの街角の本屋さんのようなところですまし顔をしている自分の本。

 泣きそうになるものの、平静を装って他の方の棚の様子を観察します。
 みなさん、それぞれに工夫を凝らしていて「手作り感」があってもいいんだ、と少し安心しましたが、手作り感どころか本格的デザイナーの仕業?と思えるようなしおりやポップが満載。

 なにより、お店の雰囲気が「ボンジュール、ムッシュ・エ・マダム」な感じに満ち溢れています。もうフランス語しか使っちゃダメっぽい。笑

 かといって、置いてある本は身近な本が多く、棚主さんの色に染められた棚の中で、見慣れた本も少し違って見えてきます。面白くて時間を忘れそう。あ、この本読んでみたい、という本があちこちに。

 3階はカフェの併設なのでもっと本が少ないのかなと思っていましたが、1階ほどではないですが、それはそれで、小ぢんまりして楽しめます。運営さんのお話によると3階は喩えて言うなら「パリジェンヌな感じ」なのだそう。その日私が持って行った本がちょうどイザベル・ポアノさんの本だったので、3階のコンセプトに合うと言ってくださいました。

 他の方を真似て、私も何か独自の工夫をせねばならぬとしおりっぽいスリップを作ってみました。まだ試作段階です。他にも、本に貼られる「蔵書票」がどんなものかわからなくて、うまく作れていなかったので、こちらもなんとかしようと思っています。まだまだ試行錯誤です。

手作り感あふれすぎ
最初手書きとも思いましたが、無理でした
綺麗な字を書いてみたい――今さらですが

 さて、金森ナゴミさん。
 実はずっとこの時を待っていてくれたとのことで、『音楽のように言葉を流す』をお買い上げくださり、言ってみればわたしのオープン初日の初めてのお客様になってくださいました。

 ありがとうございます!!

 ちなみにこちらに置いてある『音楽のように言葉を流す』は、新品ではありますが、古本の扱いになるのでAmazonで買うよりお安く提供できています。もし、お立ち寄りできる範囲にお住まいで、この機会に鈍器を――もとい、小さな鈍器本を手に入れようとお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひ。

 金森氏のおかげで出来たともいえるエッセイ集。
 金森氏の案内でたどり着き、金森氏に買わせる――
 何これ。なんのビジネス?
 みらっち、人間失格じゃないの?笑

 後日たっぷりとお礼をする予定です。

 とりあえず、1冊しか搬入していなかったので今現在、在庫なしです。
 近日中に搬入します。
 ちなみに駐妻記の文庫本も、ちょっぴりお安くお求めになれます。

 在庫状況は、「PASSAGE」の「棚主紹介」のところから「吉穂堂」をクリックすると、商品を見ることができます。チェックしてみてくださいね。

 なんだかふわふわとした足取りで店を出た後は、喉が渇いてしまって、神田の老舗の名店と言われる『さぼうる』に。

 人生、何十年ぶりかという「クリームソーダ」をいただきました。

 その後、お店でも売っていた『亀澤堂』さんで「どらやき」を購入。

 タカミハルカさんの記事に載っていた本屋さんも廻りましたが、しかしながら夕方になってきていたので場所を確認しただけにとどまりました。タカミさんお勧めの「海南飯店」も見つけたので、次回はこちらにも立ち寄ってみたいです。

 そんなふうにこの日は、神田神保町を満喫して、帰宅しました。

 実は今も、なんだか興奮冷めやらぬ感じでこの記事を書いております。こんなこと、人生に起こるとは思っていませんでした。途中いろんなこと諦めたり投げやりになったりしたこともあるけれど、長生きはするものだなと思います。

 そもそも。
 金森氏と出会わなければ、noteに出会わなければ、エッセイ本を作ろうなんて、思いませんでした。
 noteでタカミさんと出会い、記事を読まなければ、神保町は遠い場所でした。
 さらに、noteで海人さんと出会い、あのコメントが無かったら、私は本屋になろうなんて思うことはなかったと思います。

 すべてが、縁によって繋がっている――

 感謝、以外の言葉が思いつきません。

 皆さま、どうぞ今後とも、みらっちの新しいハブ、「PASSAGEの3階の入り口近くの下の方の、アングル大通り14番地、吉穂堂」をよろしくお願いいたします。

 また、noteで近況をお知らせしますね。








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