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駐妻記 徳を積む

 前回、タンブンの話が出たのでそれについて補足しておこうと思う。

 どうにもならない災難にあったとき、敬虔な仏教徒のタイ人はどう考えるか。

 自分も他人も責めない。
「なぜ自分だけが」などとは思わない。
「前世に悪い行いをして、そのバーブ(悪徳)が残っているのだ」
 と考えるらしい。

 よい行いをすればブン(徳)がたまり、悪い行いをすればバーブ(悪徳)がたまる。人生は貯金箱のようなもので、溜まったブンもバーブも、因果応報。いずれ自分に戻ってくる。

 ブンもバーブも本人が死ねばそれでなくなるわけではなく、現世で戻ってこないぶんは来世に持ち越され、その貯金を使い果たすまで人間は輪廻するらしい。

 ほかの人にもバーブが行くことがあるので、祖父母や両親がバーブをたくさんためると、そのバーブは子や孫にも引き継がれ苦労することもあるらしい。だから子供のためにもなるべくバーブをためてはいけない、そうだ。

 貯金箱のブンは他の人に分けてあげることも出来る。

 その人の代わりにいいことをして、その人にブンが届くように祈るだけでいい。亡くなった人にもブンを積んであげることはできる。お坊さんに食物や日用品を差し上げると、そのよい行いの結果が亡くなった人に届くのだとか。

 日本のお坊さんは(タイでは)よろしくないとされている。妻帯していて髪を伸ばしているお坊さんなんてタイの仏教ではもってのほかだし、金儲けしているお坊さんなんて卒倒もの(とはいえ、たまにタイの悪徳坊さんも捕まったりしている。悪いことをしたお坊さんの信頼の失墜は日本の比ではないらしい)。悪人でも念仏を唱えれば極楽浄土という考えは、タイにはありえない。大乗仏教と上座部仏教はかように違う。それだけ、お坊さんは徳の高いものであり、地位が高いのだ。

 ところでブンをためるにはどのようにすればいいか、というと。

 ①お坊さんに食物や生活用品を差し上げる
 ②貧しい人にお金や食物を施す
 ③社会貢献や寄付など見返りをもとめないことをする
 ④鳥や魚などカゴにはいったものを逃がしてあげる(放生)
 ⑤先祖や亡くなった人を供養する
 ⑥お寺に行きお坊さんの説法を聞いて心を清らかにする
 ⑦仏教の戒律を守る

 仏教の戒律は厳しくて五戒、八戒、十戒と227条ある。

 ちなみに以下は十戒。

 ①生き物を殺生してはならない
 ②盗みをしてはならない
 ③異性とみだらな行為をしてはならない
 ④嘘をついてはならない
 ⑤酒、たばこ、麻薬に手をだしてはならない
 ⑥正午から翌日の朝まで液体状の食べ物以外口にしてはならない
 ⑦装飾品や香水をつけてはならない
 ⑧贅沢な寝床に寝てはいけない
 ⑨音楽を聴いたりアニメ映画を観たりしない
 ⑩お金、金品を受け取らない

 ⑨などはほぼ毎日それしかしていないかもしれない私。というか⑨だけは守れる自信がない。

 とりあえず日本人に生まれただけで、現世のバーブも溜まりまくっているようだし、現世も来世もまさに「不徳の致すところ」という出来事は、いろいろ起こると思われる。

 タイでは少年期に出家することがある。

 タイ仏教では女性は出家できないので、家にいる男性にブンを託す。息子がいれば息子を少年の間に出家させる。子供の出家は比較的容易とされ、母や姉妹のタンブン(徳を積む行為)のためでもある。出家は最もブンが溜まる行為だから、母親は張り切り、子供たちは親孝行のために出家する。一定期間出家した後は在家になってもいいが、特に宗教的に拘束されることはない。

 出家できない女性は、自分では一気にブンをためることはできないので、前述のように息子の出家に賭けたり、あとは非常にマメにお坊さんにお布施をする。ごはんや日用品、お金なども托鉢のときにタンブンする。お坊さんが持っている鉢には、だから結構いろいろなものがゴチャッと入れられるが、お坊さんはお布施をされるときに口をきいてはいけないし、お布施に文句を言うことはできないので「ううう」と思うこともあるそうだ。

 これが街のお寺だと托鉢は1日2回、食事も2回。食べ物ごとにビニール袋に入れられているのでゴチャっとならない。本格的な修行をしたければ森のお寺に行く。森のお寺は、前述のようにごちゃ混ぜの托鉢が1日1回。食事は当然1回。

 こうした話を、私は前出の運転手さん、ダーオさんから聞いた。ダーオさんは信心が厚く、お坊さんを大変尊敬していて、休みのたびに偉いお坊さんのお話を聞いたり、プチ出家などを繰り返していた。私も興味があるので、タイ仏教と出家の話などの話を根掘り葉掘り聞いた。 

 ダーオさんは森のお寺に憧れているが、バンコクっ子の自分には無理だと思っているようだった。何しろタバコがやめられない。

 タイ国民男子には全員、出家休暇が2週間まで認められている。街のお寺は冠婚葬祭を取り仕切ったり尊い講和のようなものを開催している。そこで出家することももちろんできるが、体験出家(ダーオさんが良く行く1泊2日くらいのプチ出家)もある。森のお寺はとにかくガッツリ修行だ。

 目撃した人に聞いた話なのだが、あるとき日本人駐妻が子連れで電車から降りるときに、タイのお坊さんがいて、たまたま、彼の衣に触れてしまったらしい。駐妻はもちろん謝ったのだが、お坊さんは激怒してタイ語で怒鳴り散らし、彼女がいくら謝ってもなかなか許してくれなかった。駐妻は最後は泣きながら謝っていたらしい。

 あまりにも気の毒で、とその人は言った。だってもしそれが自分だったら、どうしていいかわからないよね、言葉もわからないし。それにしても、そんなに女が穢れているなら、電車になんかのらなければいいのにね。

 その話をダーオさんにしたら、

「シュギョウ、全部だめになります。何年もシュギョウ。だから、怒った。でも、怒る、悪いこと」

 と言った。

 確かに何年もしてきた修行がその時点でパァになるとしたら、それは腹を立てても仕方がないのだが、相手に悪気があったわけではないし、何も知らない外国人だ。そもそも「怒る」という感情が信教や修行とは程遠いのでは?修行が足りないのでは?と思わなくもない。ダーオさんもそういうことを言ったのだと思う。ただ、なぜそんなに怒ったかという謎は解けたし、とにかくお坊さんには近寄らないようにしようと思った。

 ちなみに、外国人もタイのお寺で出家することができる。タイで出家した日本人のお坊さんも結構いる。

 タイはお寺の話だけではなく、民間信仰の話もキリなくあり、興味が尽きない。


 

 

 

 

 

 

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