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駐妻記 双子の話

 タイには興味深い風習がある。

 双子の結婚式だ。

 男女の双子は、タイでは不吉だとされている。世界各地でこうした双子の伝承は事欠かないが、タイの伝承も個性的だ。

 男女の双子は、前世で結ばれなかった恋人同士が、現世で一緒になろうとして生まれてきたと考えられている。なにかと現世でトラブルが起きやすくなるため、子供のうちに結婚式をしてあげるのだそうだ。そうすれば、彼らは前世の強い願いを成就させることができ、双子はそれぞれ、現世で幸せに生きていけるらしい。

 この話を聞いたのがどこでだったか思い出せないのだが、双子の結婚式はローカルニュースなどでたまに話題になった。

 輪廻思想のある仏教国ならではの要素と、流入してきたヒンドゥー教やその他の信仰、タイの土着信仰が絡み合ったもののように思う。

 タイにはもともとの土着の信仰が根強い。日本にも神道や民間信仰があるが、タイでも深く日常生活に根付いているように思える。あらゆる敷地に水や果物や花(タイ語で「プアンマーライ」と呼ばれる花念珠)などが供えられた祠があり、人々は敬意を払う。日々の健康と安全、商売繁盛を願い、熱心にお参りする。

 日本でも仏閣の他あちこちに神社があったり、お稲荷さんがあったり、田舎の道にはお地蔵さまや道祖神がある。規模の大きい商業施設や店舗の敷地にはお社があったりもする。それぞれ、由来は民間伝承だったり仏教だったりするが、家内安全、健康長寿、商売繁盛などの現世利益も願う。日本人はそれらに分け隔てなく手を合わせる。

 タイにはピーという精霊がいる。精霊であり、妖怪であり、妖魔であり、悪霊であり、死霊や生霊でもある。善をなすものもあれば祟り神のようなものもある。広範囲に複雑なものを含んでいるらしい。

 タイの空港などに立つ巨大な鬼の像は「ヤック」といって古代インド神話の神様だ。魔除けのような意味あいがある。「モック」という猿神もいる。こちらは「ラーマキエン」に登場する神様だ。

 ピーは神様とは違う。日本で言えば「オバケ」というのに近いのかもしれない。私も、本で読んだだけなので、実際にタイの人からその実態について話を聞いたことはない。

 タイのホラーは、怖い。結構マジに怖い。オバケは怖い、とタイの知人は口をそろえて言う。

 有名な怪談がある。京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』と『四谷怪談』を足して2で割ったようなお話で、怖いのでここで紹介するのはやめておく。ご興味のある方は調べてみるとすぐ出てくると思う。タイホラーの顔と言うべきお話で、ローカルテレビではこれをモデルにした話が時折ドラマとして放映される。私は怖いのが苦手なのでまともに観たことはない。

 そのようなわけで、タイの人はとても熱心に、祠を祀る。民間信仰が根強いので、迷信なども多いようだ。日本の神仏に対する感覚が外国の人に謎であるように、タイにも、外国人にはわからない信心がある。韓流でかつて『トッケビ』というドラマがあったが、あれを観て韓国でもそういった民間信仰が生きているんだなと思った。コン・ユがカッコよかったが、彼の魅力以上に私はあのストーリーが大好きだった。あのトッケビも鬼であり妖魔であり善と悪をなすものとしての両面があった。相棒(ライバル?)がキリスト教の「死神」だったのも面白かった。本来なら相対する存在を同居させてしまう設定に、アジアを感じた。

 ちなみにバンコクには『エラワン廟』という神様に踊りを奉納する場所がある。グランドハイアット・エラワンホテルの敷地内にある祠だ。こちらはヒンドゥー教の神様(ブラフマー=梵天)が祀られているが、「願いが叶う神様」「パワースポット」として有名で、観光雑誌には必ず載っている場所だ。

 1953年から始まったグランドハイアットホテルの工事をしているときに事故が多発したために、占星術師の勧めで祠を作ったのが始まりだとか。それ以来順調に工事が進んだため、願いが叶う神様として有名になったのだそうだ。それ以来、病気平癒、家内安全、商売繁盛などの現世利益を願う巡礼者によって多額の寄付が集まるため、ホテルの経営者側は基金を設立して慈善事業に使っているらしい。

 タイに行ったばかりの頃、ダーオさんが「エラワンは仏教ではない」と私に説明したかったらしくかなり四苦八苦していた。良く知っていればいるほど、説明に困る場所なのだ。ましてや言葉の壁があったら説明することはさらに難しい。私も帰国するころには「えーっとあそこはヒンドゥー教の影響の強いところで神社仏閣と言っていいのか…」と口ごもるようになっていた。

 まあ、観光で訪れる人は、そんなことは気にしない。笑

 さてエラワンでは願いが叶うと、願いを叶えてもらった人は音楽や踊りを奉納する。そのための舞踊団が待機をしていて、観光で行けばほぼ必ず踊りが見られる。道を通りかかったりすると、木琴や鐘の音がしたと思ったら舞踊が始まる。つい足を止めてしまう。とてもきらびやかで、かつ儀式なのでしめやかなタイ舞踊で、一見の価値がある。

 実際、霊験あらたかのようだ。そういう話をよく耳にした。観光で訪れて願いがかなった人はまたタイに行かなければいけない。どんな神様もそうだが、お礼参りは必須だ。

 タイは仏教国と言われるが、エラワン廟の例をとってもアジアの多神教の色が濃い国だと思う。(個人的な信仰の度合いは別として)どんな神様も尊いと考え敬うのは、アジアだなぁと思う。

 

 

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