米海兵隊と陸上自衛隊、その役割と本質の違い(戦車運用に触れて)


2023年も半ばを過ぎ、後半戦を迎えていますが、非常に暑い日々が日本では続いてますね。
同様に自衛隊に於ける戦車運用から沖縄等の島嶼に於ける戦車運用、そこから米海兵隊の2020年代に起きてる運用変革に基づく戦車廃止がSNSで議論の対象となっています。

今回はかつて自身が2010年に大学の卒論で書いた内容がもう読めなくなってる事から、その内容を思い出しつつ、米海兵隊と陸上自衛隊の役割と本質の違いを書き、その上で日本に於ける戦車運用を書いていこうと思います。(資料無しで書いてるので、間違い等は都度訂正の予定です)

米海兵隊と陸上自衛隊、その役割と本質

米海兵隊の場合

アメリカ海兵隊(以下、米海兵隊)はその発端を酒場での募集から始め、一時の中断を経て、海軍と共にアメリカの海外権益を守護する組織として発展してきました。
帆船時代の海兵隊は、軍艦の火砲を運用したり、艦内の治安を保持する存在でしたが、米海兵隊は彼等の軍歌「海兵隊讃歌」に歌われる様に、モンテズマの宮殿からトリポリの岸辺まで、外征部隊として敵地に踏み込む事が重要な任務とされてきた歴史があります。
その課程で取り入れられたのが、水陸両用戦です。
米海兵隊はトリポリへと降り立った頃から、2020年代に開始されたドクトリン変革まで、水陸両用戦を基軸として「敵地の扉を蹴破る」ドアオープナーとしての役割を担ってきました。
彼等の役割は常に「海外での権益を保持」する事であり、その本質は「外征する部隊」です。

しかし、2020年代の改編で、米海兵隊はドアオープナーからゲートキーパーへと姿を変えつつあります。
彼等の任務は、水陸両用戦力を中核とした戦力で、「敵地への入口を蹴破る」事から「敵より目的地に真っ先に駆け付けて、陸軍や同盟国軍が来るまで入口を確保する」事へと変わりつつあります。

その特徴として、冷戦中重視された砲兵火力と戦車戦力は(対テロ戦争の影響もあれど)失われ、より軽量で展開の容易なミサイル火力により、敵を引き寄せない組織編成へと切り替わりつつあります。
同時に新規開発している水陸両用車両は、AAV7の様な戦闘能力より、輸送能力に重点が置かれており、水陸両用作戦の能力は限定的になりつつあります。

米海兵隊は常に陸軍と比較され、差異を水陸両用戦に見出してきた組織ですが、新しい姿を模索しようとしてるのです。

最も、その姿は陸軍のストライカー旅団や現在研究の進む長距離打撃戦力と重複してる様にも思え、今後の進展に注目したい処です。

陸上自衛隊の場合

米海兵隊が敵地へ真っ先に飛び込むオフェンスだとしたら、陸上自衛隊(以下陸自)はラストゴールキーパーでありカウンターの要です。

陸上自衛隊は第二次世界大戦後、日本の国土を直接的侵略等から防護する為、海空戦力を潜り抜けてきた敵を国土で迎え撃つ、最後の保険としての組織です。
その任務はただ敵を待ち受けるだけでなく、米軍等の同盟軍の来援や、海空自衛隊の体勢立て直しを受けた上で、反攻作戦の中核として、敵を国土から追い落とすのも目的です。

陸自の役割は「国土と国民を保護する」事で、その本質は「敵と正面から撃ち合う戦力」です。
これは、他の国の陸軍にも言える事ですが、重装備で持って、敵の陸上戦力と正面からぶつかる事が想定されており、歩兵を中核としつつも大量の火砲と戦車で、敵を真っ向から打ち破れる実力を持てる事が目標に整備されます。

陸自の場合は、周囲が海洋に囲まれた国土故に、洋上で漸減された敵を迎え撃ち、可能であれば水際で撃破し、内陸へと侵略された場合は、味方戦力が整うまで遅滞戦を行い、機会を得られ次第、敵へ味方戦力と共に反攻を行うのが主任務です。

陸自はその為に、冷戦期より防衛に特化した装備を多く持っていました。
代表的なのは地対艦ミサイルです。
これは米海兵隊が目指す、ミサイルによる海洋の近接拒否・近接妨害を、沿岸部での敵揚陸戦力への打撃という入口ではありましたが、先に取り入れたとも言えます。

一方で、陸軍としての装備も重視しており、冷戦期は相当数の戦車と火砲を保持してました。
しかし、昨今の高齢社会の進展や人口減による人手不足もあり、動的防衛による戦力の機動運用が前提になっています。
これは少ない重装備を想定される戦場で使い回していかねばならず、予備戦力に欠けた状況でもあります。
一方で、陸自版の水陸両用戦力である、水陸両用機動団を新設、増強する等の戦力の機動化には非常に熱心です。
今まで、自動車化までしかされてなかった部隊も16式機動戦闘車の配備で、有力な機動打撃力を持ちつつあります。
また、戦車や火砲等の重装備も方面に集約配備する事で運用の柔軟性を得られる様に考慮されています。
あくまで、陸自は敵の地上戦力と正面から撃ち合う陸軍であるという本質は忘れてはならない、という事に忠実に組織されています。

日本に於ける戦車運用

ここまでを踏まえて、ここからは日本の防衛に於ける戦車運用に関して考察していきます。

本土防衛と戦車

まず、本土防衛に於ける戦車の運用を考えましょう。
日本の国土は山がちで、狭いので戦車運用に向かない、田畑が多いのも阻害要因と言われますが、これらは幻想と思った方が良いでしょう。

山がちな地形である朝鮮半島では、朝鮮戦争で道路上を北朝鮮側のT-34戦車が電撃的に侵攻し、後半戦では国連軍のM4戦車やM26戦車が山地の戦いで活躍してます。

そして、現在も北朝鮮と韓国相互に、戦車を重要な戦力として整備し続けています。
狭い場所も、台湾へと目を向けると、日本より更に狭い国土で戦車がひしめいています。
これは島嶼防衛の話にも繋がりますが、金門島の戦いで、揚陸した敵戦力をビーチでM5軽戦車が蹂躙した戦訓もあり、戦車の有用性を示しています。
そもそも、東西に1000kmを超える日本の国土が狭い訳がないのです。

また、田畑の影響も、田んぼとジャングルの広がるベトナムの地で、かつては日本陸軍が、ベトナム戦争では米軍と北ベトナム軍双方が戦車を活用させているのです。

また、戦車が走れないだろうという油断は、先程の朝鮮戦争の北朝鮮軍の侵攻しかり、第二次世界大戦にドイツがフランスへとアルデンヌの森を抜けて侵攻した事からも、危険な発想と言わざる得ないのです。

戦術的な視点で見ると、平野部での戦車の優位は説明するまでにないにせよ、山地や市街地でもその脅威は際立ちます。
何故なら、他の車両が侵入出来ない地形や障害でも戦車は侵入し、他の車両が走れる限られた場所を、圧倒的な火力で制圧出来るのが戦車なのです。
特に他の車両の行動が絞られる場所では、戦車側は敵に戦車が居なければ、限られた侵入経路を重点的に警戒し、敵の歩兵は随伴歩兵に警戒させるという優位を得られるのです。
市街地戦闘では、まさにこうした事が起こりやすく、昨今では槍騎戦術とも呼ばれる、戦車によるヒット&ラン、一撃離脱戦法も行われるので、より戦車の能力が際立っています。
建物の上からの射撃は兵種問わず脅威ですが、建物に対して威力を発揮する火砲を積んでいるのも戦車の利点です。
更に、戦車に迂回機動を行わせ、敵を包囲すれば、敵は橋頭堡へと後退を余儀なくされます。

トドメに、戦車の火力・装甲・機動力を活かした攻勢による衝撃力を発揮すれば、敵に余程の対抗戦力が残されてない限り、圧倒的優位に海へと負い落とせるのです。
この突撃を戦車を欠いた戦力で行えば、無用な損害を反撃により受けるのは明確なのです。
何故なら、戦車相手には対戦車火器以上の火力を撃ち込む必要がありますが、それ以外の陸上戦力となると良くて機関砲に対する防護で、敵に戦力が残り、反撃を受ける以上は損害無しではまず済まないのです。

敵の反撃を受けないほど、火力で叩けばという意見もあるでしょうが、それは敵に増援を受ける機会を与える、外交面では停戦に持ち込まれるというリスクを背負っています。
迅速に国土から敵を追い出す為にも、戦車は必要なのです。

次に、戦略的な機動の話をすると、本土防衛に関しては、日本が極めて優位な立ち位置にあります。
現在は九州と北海道に集約されつつある戦車戦力を、必要な場所へ(最低限の海運はあれど)陸送で送り込めるのです。
それに対して敵軍は陸自の戦車戦力を含む部隊に対抗可能な戦力を揚陸させる必要があります。
当然、補給の必要性も出てくるのですが、ここで2点の洋上阻止に繋がるメリットが発生します。

ひとつは、敵揚陸部隊が重装備かする事で、対艦攻撃の目標となる敵艦隊が大きくなる事。
もうひとつは、敵の補給線を維持する後続の船団も大きくなるので、それに対する海空戦力による遮断行為が大きな成果を見込めるという事です。

島嶼防衛と戦車

ここまでの話を踏まえながら島嶼防衛と戦車を考えていきます。

まず戦術的な話からすると、島嶼の狭い土地では戦車は戦力を充分に発揮出来ないというのは、そもそも違うのです。
サイパン島等でも第二次世界大戦中に戦車が投入されてますが、狭い土地は狭い事により、戦車の火力が密集した敵戦力に発揮される事を意味します。
最悪、金門島の戦いの様に少数の軽戦車に大部隊が撃滅される事も起きるのです。

また、地形により機動戦に向かず、要塞線に防がれてしまうというのも、沖縄戦で首里城周辺の対戦車戦闘にて、歩兵から孤立させられた米軍戦車部隊が大損害を被ったところから来てるのでしょうが、最終回に首里城周辺の陣地地帯は米軍の戦車を含む有力な部隊の迂回機動により放棄され、後退を余儀なくされています。

戦車は島嶼でも、移動トーチカとしての火点として、また戦車固有の機動打撃力先鋒としての能力を発揮できるのです。
基本的な攻防に於ける戦車の考えは本土防衛と同じで、事前展開における防衛にも効果がありますし、反攻揚陸においては敵が占領する内陸部へと切り込む先鋒を期待出来るのです。
これらはWW2で日米両軍が存分に示していますし、


本当に戦車が入れない様な場所は、そもそも敵にも利用価値が低く、火砲と歩兵で地道に戦わなければならない事に変わりはないのです。
問題はその周囲の道路等を戦車に制圧させるだけで、その様な地形に籠もる敵は孤立させられるのです。
これらを逆に敵から行われると、守備する自衛隊は非常に苦しい立場になります。


次に戦略的な視点で、戦車の島嶼への展開性を考えてみます。
これに関しては、先の本土防衛で敵軍は苦労すると述べた様に、彼我共に苦労する事になります。
しかし、ここで早合点してはならないのは、苦労するからと、戦車戦力の派遣を切り捨てるのは良い判断ではないという事です。
苦労すると言う事は敵も持ち込める数は少なく、戦車を保有する側は、先の戦術的な優位を確立出来ます。
労力に見合う効果は充分にあるのです。

次にその労力を考えます。

事前展開の場合は港湾が用いられるので、民間船舶を含めた潤沢な輸送力を、比較的安全に運用出来ます。
加えて、新しく編成される船舶部隊は部隊移動能力も重視してる処があり、この助けになるでしょう。
展開用地は防衛施設法に基づき、借り上げる事でも対応出来ますし、近年島嶼で新設されている駐屯地を含めて、駐屯地は他部隊の展開受け入れをある程度見込んだ敷地を持っています。
展開先に合わせた部隊規模も変えれば良いので、戦車を展開出来ない理由にはならないでしょう。
そして、防衛となれば先に述べた様に、強力な火点として活動すると共に、反撃のタイミングでは先鋒として衝撃力を発揮出来るのです。

ただし、常駐するには訓練可能な演習場の問題等から部隊を置かないという事になります。
戦車が使えないのと、常駐出来ないは、全く理由が異なる場合があるので注意しなければいけません。

次に反攻の為に、揚陸作戦を行う場合です。
この場合は水陸両用機動団のAAV7が橋頭堡確保の装甲戦力として活躍するでしょう。
そして、戦車が重要となるのは橋頭堡確保後の流れです。
元々、米海兵隊が戦車を海兵遠征隊という比較的中規模な部隊(揚陸艦1隻が基軸となる戦力)で戦車小隊を保持していた理由でもありますが、橋頭堡を確保したら、次は内陸へと侵攻しなければなりません。
その先鋒として衝撃力を担う、まさに機動戦力としての存在が戦車なのです。
もし、戦車を欠いた状態で進めば、敵の火力に戦車がある時以上に絡め取られるのは必須なのです。

米海兵隊はこの役割を同盟国や米陸軍に任せ、水陸両用戦は橋頭堡までという構想になりつつあります。

その流れの中で陸自が戦車戦力の展開を放棄するのは、非常に危険な考えだと、常々思うのです。

その上で、揚陸輸送リソースですが、現状はおおすみ型輸送艦とLCACに依存している状態です。
船舶部隊が編成完了すれば、多少は良くなるでしょうが、現状では最低限の展開能力と言えるかもしれません。
それでも、能力は保持しており、小隊規模でも展開すれば脅威な上、現在は補助戦力としてC-2輸送機で空輸可能な16式機動戦闘車も居ます。
活用しない手はないのです。


ここまで長々と書きましたが、如何でしたでしょうか?
また、加筆修正もあるかと思いますが、議論の話題にでもして頂ければ幸いです。

追記
因みに、航空火力や艦砲射撃、対戦車火力で戦車に対抗する事自体はありだけど、戦車の代わりにならないのは注意よと。
偶に戦車開発に熱心でなかったと誤解されるWW1ドイツも、戦車を運用出来なかったのは開発が間に合わなかったからで、戦車の威力は身をもって経験してるのよと。

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