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Taylor Swiftはやっぱり良い ―『Midnights』レビュー

わたしは昔からTaylor Swiftという歌手が好きだ。
いや、歌手というよりもTaylorの場合は表現者であり、詩を紡ぐ人と言ったほうがしっくりくるかもしれない。
そう思ったのは、7作目のアルバム『Lover』(2019)や8作目のアルバム『folklore』(2020)が発売された辺りからだった。

それまでは歌詞もさながら、音楽的にもドラマティックで耳に残りやすい楽曲が多かったが、7作目以降からは落ち着いたテンポで音楽というよりも、より"歌詞"を聞かせたいという意図が感じられる「弾き語り」的な楽曲が増えていった気がしている。

『Midnights』(『uDiscoverMusic』より)

今回新しく発売された『Midnights』は、その「弾き語り」要素と、久しぶりに昔のような音楽的にもドラマティックな要素。
この2つが合わさっていて、より"最強"なアルバムに仕上がっていると感じた。
これがただ合わさっているだけではなく、絶妙に上手く合わさっていて、1つも逸脱することなく世界観が統一されているのが凄い。

『Midnights』の楽曲を勝手に分析してみた

すべて聴くと、やはりTaylorは具体的な物や場所・色などを上手く歌詞に取り入れて、オシャレにし、その曲に個性を持たせるのが上手すぎる。

「"Lavender Haze"」や「"Maroon"」、「Vigilante Shit 」の"Benz "、「Bejeweled」の"Sapphire"・"Aura's Moonstone"、 「Karma」の"Spider boy"など。

このように具体的な物や場所・色などが歌詞に入っていることによって、わたしたちは頭の中でよりその情景を想像しやすいし、見えない"感情"というものを目の前に提示してくれる。

(『The Cut』より)


また、昔のアルバムの楽曲を思い出させるような曲たちがあるのも密かに嬉しい要素で、
例えば、

✵楽曲的に似ている

・「Maroon」⇨「Dress」(『reputation』)
・「Anti-Hero」⇨「mirrorball」(『folklore』)
・「Question…?」⇨「Delicate」(『reputation』)
・「Bejeweled」⇨「Welcome To New York」(『1989』)
・「Labyrinth」⇨「This Love」(『1989』)
・「Sweet Nothing」⇨「the 1」(『folklore』)

✵歌詞的に似ている

・「Anti-Hero」⇨「Blank Space」(『1989』)
※Taylorが自身のことを客観的に見て、詩を書いている。
・「Snow On The Beach」⇨「Daylight」(『Lover』)
・「Would've, Could've, Should've」(3am Edition) ⇨「Don't Blame Me」(『reputation』),「False God」(『Lover』)
※"〜したまえ"のような願いが書かれている。

 まだ他にも共通点は様々あるが、このように、所々でTaylor節を感じられるのもこのアルバムの魅力だ。

初めにこのアルバムは世界観が統一されていると書いたが、『Midnights』の13曲は別々のストーリーであり、"13の眠れぬ夜の物語"という「オムニバス」のような形式になっている。
1つ1つは異なっているかもしれないが、やはり全体的に統一されてる印象を受ける。
そう感じられるのは、ザ・ハッピー!という曲がないからかもしれない。
そもそも、あからさまに"幸せ"を推している曲がない。
強いていうのならば、「Bejeweled」くらいであるが、この曲もザ・ハッピー!とは違うし、ポップすぎる楽曲という訳ではない。
また、歌い方も、どちらかというと落ち着いていて、声を張り上げて歌っているものはない。
"真夜中"の雰囲気や心情を大切にし、よりTaylorらしくこれらをベースにして作るという軸が13曲もあるのに(3am Editionを含めると20曲)ブレていない点は天才的だと感じざるを得ない。

少し、ここからは細かい部分も見ていきたい。


"Lavender Haze"と"Purple Haze"

この『Midnights』がリリースされたとき、まずやっぱり1番最初に聞くのはTrack#1の「Lavender Haze」だった。
きっとわたしだけではなく、多くの人が1番初めに「Lavender Haze」を聞くことが多いだろう。

"Lavender Haze"

Taylorはこの言葉について、ドラマ『Mad Men』からインスパイアを得たと話しており、ラベンダー色の霞のようなすべてを包み込む愛の光という意味だそうだ。

『Mad Men』(『テレビ神奈川』より)


わたしがこの"Lavender Haze"というタイトルを聞いて1番に思ったのは「Purple Haze」だった。
「Purple Haze」はJimi Hendrixの有名な楽曲である。

『Purple Haze』(『SoundCloud』より)


"Lavender Haze"
"Purple Haze“

色の濃さは違うが、同じ"紫色の霧"だ。

「Purple Haze」という楽曲は、LSD(合成麻薬)を意味しているのではないかと言われたりもしているが、Hendrixは自身の見た海中を歩いている夢が元になっていると語っており、恋にのめり込み頭が朦朧としている男の心情を歌った曲とも説明していたとか。

この楽曲は1960年代の歌であるが、ドラマ『Mad Men』も1960年代のNew Yorkの広告業界を描いている。
また、「Lavender Haze」には曲中に"The 1950s shit they want from me"とある。

Jimi Hendrixの「Purple Haze」と「Lavender Haze」は関連はないが、似た比喩表現、1950〜60年代という点もあるため、音楽ファンは共通点を見出してテンションが上がる人もいるのではないだろうか。

どちらにせよ、この曲を1番初めに持ってきたのはすごく印象に残りやすいし、大成功だったのではないかと感じる。


Track#5

Taylor Swiftの5番目のトラックはどのアルバムにおいても特別である。

以前からTaylorは5番目のトラックについて、「感情を曝け出したような楽曲が5番目に来ている」と話していた。

今までのTrack#5を見てみると、そのことがよく分かり、もしかするとタイトル曲よりもTrack#5が目立っているのではないかとも思える。

「Cold As You」(『Taylor Swift』)
「White Horse」(『Fearless』)
「Dear John」(『Speak Now』)
「All Too Well」(『Red』)
「All You Had To Do Was Stay」(『1989』)
「Delicate」(『reputation』)
「The Archer」(『Lover』)
「my tears ricochet」(『folklore』)
「tolerate it」(『evermore』)
「You're On Your Own, Kid」(『Midnights』)

どの曲も印象深いが、特に「White Horse」や「All Too Well」なんかは古くからの名曲だ。

今回のアルバムで5番目に収録されているのは「You're On Your Own, Kid」だが、これもまたセンセーショナルな1曲であり、リアルを突き付けてくる。

この曲では、相手を好きになっても結局いつもひとりぼっちであることに気づき前へ進むというストーリーが描かれ、一種、応援ソングのようなものでもある。

この曲中にも素敵な比喩表現が使われており、"I looked around in a blood-soaked gown"というフレーズがあるのだが、感情を"a blood-soaked gown(血まみれのガウン)"と表しているのは、やはりさすがTaylorと感じざるを得ない。

Track#5はどちらかと言うと、"失恋"をテーマにしている楽曲が多く見られ、アルバムが発売される度に多くの人が勇気づけられてきたであろうが、今回も「You're On Your Own, Kid」を聴いて前に進む人も多くいるだろう。


3am Edition

『Midnights』に加えて、Taylorはアルバム制作中に構想された7曲を含めた『Midnights 3am Edition』も数時間後にリリースされた。

この3am Editionもエピソード的に1つ1つが異なっているものではあるが、しっかり同じ雰囲気で統一されている。

特に、個人的に印象的だったのはTrack#15に収録されている「Bigger Than The Whole Sky」で、失恋ソングなのだろうが、わたしには"失った人"を偲んで歌っている曲にも聞こえた。

タイトルもそうだが、"I'm never gonna meet やEvery single thing to come has turned into ashes"というフレーズを見ると、"もう会えない領域にいる人"を思っているのではないかと感じた。

また、それ以外にも印象に残る曲は多く、「Paris」は有名人の恋愛を思わせるだけでなく、楽曲そのものがオシャレだし、「Glitch」も効果音などを含め、聞くだけで戸惑う感情がそのまま伝わってくる。

この7曲も公開してくれてありがとうという気持ちが溢れる3am Editionだった。


歌い方の表現

初めにTaylor Swiftは歌手というよりも、表現者・詩を紡ぐ人と言ったほうがしっくりくると書いたが、それは彼女の歌い方からもそう感じさせられることが多い。

それは音楽的にドラマティックであった初期の時から、歌詞に溢れている感情を上手く表現した歌い方だと感じる。

例えば、大ヒットソングの「We Are Never Ever Getting Back Together」もサビ後半の"We"の所で「W➚e」と音階を上げて歌っていて、"私たちは"という所をより強調しているし、『Lover』に収録されている「Cruel Summer」では後半のサビ前の"He looks up, grinning like a devil"という部分を、一生懸命こちらに対して憎さや怒りを訴えるかのように声を振り絞って苦しげに歌っている。

思えば、1stアルバム『Taylor Swift』の頃から感情の伝わる歌い方や雰囲気を表現していて、「Our Song」では恋をしているときのウキウキした感じが歌い方だけでもこちらに伝わってくるし、かと思っていたら、「Teardrops On My Guitar」のような切ない恋心を落ち着いたメロディーにのせてそっと歌っている。

歌手が故、当然と思う見方も多いかもしれないが、まるでストーリーテラーのように1つ1つの曲を紡いでいく姿を見ていると、人気の高さがよく理解できる。

『Midnights』においても歌い方で感情が伝わってくるシーンがあり、「Anti-Hero」では後半のラスサビの"It's me, hi  I'm the problem, it's me〜"と続く部分は本当に疲れた様が伝わってくる表現になっているし、「Bejeweled」の所々で見られる"Nice!"のフレーズも"!"の部分まで発しているかのような活きの良さが伝わってくる。

聴いていて、とても躍動的だ。


まだまだ魅力的な部分がある『Midnights』だが、このアルバムにすごく惹かれるのは、取り繕っていないホンモノの感情が表れているからかもしれない。

Taylorはこのアルバムに関連した話で、"真夜中"の時の感情について、感情が下向きになったり、かと思ったら大きく上昇したりと感情が激しく揺さぶられると語っていた。

たしかに、"真夜中"というのは通常誰もが起きている時間帯ではないし、大抵、眠れない時に出会う。
眠れない理由は人それぞれで、何かの事柄に思い悩んでしまっていたり、これから起きることに期待や興奮していたり、誰かを想ったり…

きっと、眠れない時は、睡眠よりも"考える"という行動を優先してしまうのであろう。
そういう時に出会う"真夜中"という時間は、大変貴重な時間なのかもしれない。

言ってしまえば、"真夜中"というのは非常にエモい時間なのだ。

だからこのアルバムがわたしは好きなのかもしれない。

(『Rolling Stone Jpapn』より)

追記

思えば、Taylorの楽曲は『folklore』から落ち着いたオルタナティブ路線のものが増えたが、オルタナティブ的な『folklore』や『evermore』はコロナ禍で制作された作品だ。
この『Midnights』も完全ポップスというよりも、まだ落ち着いた楽曲が多い。

まだコロナが完全に消滅したわけではないこの世の中。
この若干不安で少々メランコリック的な気持ちを『Midnights』は音楽的に表現してくれているのかもしれない。


人が多いのもワクワクするし楽しいものだが、人の少ない"真夜中"も捨てたものではない、素敵な時間が流れているということを、この時代に伝えてくれるのは新たな扉を開いてくれているような気がして、救われる人もいるのではないだろうか。

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