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夢の庭で踊ろう

 今朝も、主のいなくなったままのハウス前で、何人かのたたずむ人を見た。
 お兄さんはカラスを抱いて連れて帰ったきりだ。ハウスの中にあった、お兄さんが用意していたごはんとお水を昨日、私は片付けて、そうして黒いバスケット籠をひっくり返して、伏せた。

 ほんの、わずかな間だった。私が、ゴミ出しをしてから、元気に鳴いているカラスの子に挨拶をして、周りにちらばっていた誰かが置いていったネコ缶を片付けて。
 隣のお姉さんと少し立ち話をして、家に入って5分くらいしか経っていなかった。
 お姉さんがうちの呼び鈴を押して、言った。
「カラス、死んでるかもしれない」

 え?え?どういうこと?
 さっきまで、元気だったよ?
 私に鳴いて挨拶したよ。

 すぐに行った。私は、一瞬、置いてあったあのネコ缶に毒でも盛られていたのかと思ったが、違った。道にいたこの子が、車にひかれたんだ…

 変わり果てた姿に呆然とする私に、声をかけてきた方がいらっしゃった。事故の直後に通りかかり、道に横たわっていたこの子を木の下まで運んで下さったそうだ。
 その方は、その時の状況をメモしてくれて、お兄さんが建てた木のバーに貼ってくれた。
 いつも、お兄さんが世話してかわいがっていたのを見ていて下さった方だった。

 ついさっきまで、鳴いて動き回っていたよね。なんで、なんで。
 きれいなおめめから光が失われ、身体はまるで、カラスのかたちをしたモノ、だった。
(誰か知っていたら教えて下さい。なぜ、死ぬと一瞬で瞳の光が失われるのでしょうか?)

 すぐにお兄さんに連絡してもらい、まもなく車で来たお兄さんは、泣いてた。
 カラスを大切に箱に入れて抱いて、山に眠らせます、と言って、車で連れて帰っていった。

 飛べるようになったら、山へ連れていきます、と言ってた。ここより、ずっと広くて、田んぼがあるから虫もたくさんいるし、いいところなんです、と。
 飛べるようになったら。

 私たちは、油断していた。大切なものは、人に知られちゃいけないのだ。見られてはいけなかった。予感があったから、山の話を聞いたとき、なるべく早く動いた方がいいよ、と言った。お兄さんは、この子が飛べるようになったら、と言った。私は、本当は、すぐにでも連れていった方がいいと思ったけど、言えなかった。強大な力はいつだって一瞬で全てを奪い去る事ができるのだと知っていたのに。

 
 昨日は、どれだけ、近所の人と、カラスの子について道で話をしただろう。そして、言うのだ、仕方なかったよね、と。野生の鳥だから、人間の世界で生きていくのはむつかしいよね、と。わかったような口ぶりで、私も言うんだ。

 
 だけど、違うのだ。
 私たちは間違ってしまった。

 あのカラスの子どもは、きっと、すごく甘えん坊だったから、親が決断して、巣から追い出したんじゃないかと思う。(私の第一回目のカラス記事ご参照下さい)↓

 
 カラスの親が何度か私たちの様子をうかがっても、襲ってこなかったのも、多分そうだからだと思う。
 カラスの子どもは、本当はずっとお母さんに甘えていたかった。巣立ちなんてしたくなかったんだ。
 だけど、野鳥は外の世界で生きていくものだから。自然界は厳しいものだから。ちゃんとひとりで、飛び立ち、エサをみつけ、自分の身を守り、いつかは自分の子を育てて…
 それができなければ自然淘汰される。

 私たちが描いた夢は、あのカラスの子が飛べるようになって、自分でエサをみつけて、緑が豊かな自然の中で、虫や木の実を食べて暮らす、というものだった。

 だけど、それはできなかったし、かなわなかった。お兄さんも、ずっと悩んでいたと思う。
 私も、何が正解だったのかわからない。

 お母さんに見離された、甘えん坊で寂しがり屋のカラスの子どもにとって、お兄さんは、命の恩人で、優しいお兄さんに助けてもらえて、かわいがってもらって、あの子は、きっと、幸せだったと思う。
 近所の人たちにも見守ってもらい、遊んでもらって、おしゃべりして。
 お母さんに見離されたのなら、お兄さんとずっと一緒にいたかったんだ。
 はなれたくなかっただけなんだ。
 たぶん、お兄さんも。 
 
 カラスの子どもは、巣立たないまま、お兄さんにかわいがられたままで、お空にいきました。
 それは、もしかしたら、あの子の本当の望みだった、とはいえないでしょうかしら。

 
 次第に遠ざかる 
 なつかしい思い出の場所
 大きな楠 もとのお家 新しいお家
 お父さん お母さん
 やさしいお兄さん
 ちょっとこわいおばちゃん
 いろんな人たちの色々な声
 子どもたちの笑う顔
 内緒で ごはんをくれた人たち
 じっと顔を見ながらそばにいた人
 話しかけてくれた人
 迷惑そうに通りすぎた人
 うるさいなあ、って思ってた人
 困るなあ、って感じてた人
 遠くで見守ってくれてた人
 色んな気持ちで心の中に入れてくれて
 さみしかったから うれしかった

 みんな みんな
 いつか 会えたら
 夢の庭で踊ろうね
 その時は きっと
 みんなで 笑おうね
 

おまけ。 ↓
くるり / ばらの花 (レイ・ハラカミさんver.)


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