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【民話ブログの民話】 実録・レスラー闘犬殺し

戦後十数年、一部の資産家や有力者たちの間では、当時はまだ珍しかった外来の大型犬種の飼育がブームとなっていて、品評会なども催されていたようだ。

そうした大会の一つで、都下三多摩地区の地主である新三郎(仮名)の飼うグレートデンが優勝を飾った。

またこの大会には、当時国民的人気を誇っていた、あるプロレスラーの飼い犬も出場していた。彼の犬もまた新三郎と同じくグレートデンであった。

グレートデンは温厚な性格ではあるが体格がよく、大型犬の中でもとくに運動面に優れている。元々は西洋で狩猟犬、または闘犬としても育成されていたという。暮らし向きに余裕があり外国趣味のある新三郎、また当時から豪放磊落なイメージで知られていた大物レスラー、彼ら二人それぞれがいかにも好みそうな犬種であった。

晴れて優勝した愛犬が新三郎には何とも誇らしく、ますます愛情がわくのを感じた。一方の大物レスラーは自分の犬が優勝を逃した事にひどく拘り、大変に悔しがっている様子であったという。

その日の夜である。

件のレスラーの弟子あるいは客分とも名乗る、大柄で屈強な男たちが、新三郎の屋敷に押しかけてきた。

「そちらの犬を譲ってくれ。ボスが望んでいる」彼らはそう言って、その場に大金を積んだ。

「大会で優勝した犬は、自分にこそ相応しい」
男たちの説明を要約すれば、彼らのボスの主張はそういうものであったらしい。とにかく何事も自分が一番でなければ気がすまない人物で、一度こうと決めたらきかないのだと彼らは口々に言う。だからどうしても犬を譲って欲しい。そうでなければ自分たちも困った事になってしまうのだとも。

しかしそうやっていくら頼まれ大金を積まれても、家族同然に可愛がり大切に飼っている犬である。大会で優勝した事自体に価値があるわけでもなく、彼らのボスの主張は理解できるものではない。ましてや新三郎の家は一帯の地主であり、金に困っているわけでもない。

「いくら金を積まれても譲れるものではない」
新三郎は頑として首を横に振り、男たちはその場を退散するしかなかった。

それから数日後の早朝。

屋敷の庭先で、愛犬がぐったりと横たわっているのを家人が見つけた。

すでに遺体となり、痛ましくも口から泡をふいて倒れている愛犬の傍らには、囓りかけた大きな肉の塊が残されていた。

いかにも大型犬が好んで食いつきそうな、上等な肉である。勿論それは新三郎の家で与えている餌ではなかった。

知り合いの獣医師を呼んで調べてもらった結果、愛犬の遺体及び残された肉の塊からは殺鼠剤や興奮剤としても用いられていた毒物であるストリキニーネが検出されたという……。


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夜の内に何者かが塀の外側から敷地内にこの毒入りの肉を投げ込んだのだ。
そうに違いはないだろう。

しかし明確な証拠はなく、当時としては様々な事情により犯人捜しなど困難であった事は予想される。

それにしたって、やはり警察に相談位はしたのではないか。さすがに調査や訴えなどする構えもあったのではないのか。

いまの世の中の感覚からすれば当然そう思いもする。

実際その話を聞いて、私も憤慨に駆られたものだが、考えてみれば全てはもはや闇の中である。

もはや昭和という時代も遠い。

件の大物レスラーは、それより数年後に盛り場での喧嘩で腹を刺され、その傷が元になり死んだ。
これは昭和史に残るような事件であり、現代でも多くの人々に知られている。

一方、新三郎の家はすっかり代替わりして、当時の出来事を直接に知っている者はごく少数の老人ばかり。
そして彼や彼女らは次々に世を去っていくのである。

そのとき死んだグレートデンの墓などは敷地にあるのだろうか。ふと思いついて、この話をしてくれた新三郎の親類縁者に当たる者に私は聞いてみたが「それは分からぬ」と言う。

戦後から間もない昭和の中頃には、こうした闇はまだ普通の様な顔をしていて、市民生活のすぐ隣にあったのかもしれない。


おわり
 

以上は、現在も存続する都下三多摩地区の大地主一族の関係者から直接採集したドキュメント民話である。よっていつものようなオチや奇妙な展開もなく、しかし文体は変に気取っている感じが自分でもする。そんな「民話ブログ的な実録民話」(どういう事だろう……?)である。このようなネタは実は沢山あるので、シリーズ展開するかもしれないし、しないかもしれない。
とにかく悪しからず、諸々ご容赦願いたい。 

お読みいただき、ありがとうございます。他にも色々書いてます。スキやフォローにコメント、サポート、拡散、すべて歓迎。よろしく哀愁お願いします。