春、庭猫
うるさい、うるさいうるさいうるさい。
春の猫ときたら、夏の蝉に匹敵すると思うのに、蝉より嫌われないのは、猫が圧倒的に可愛いことを差し引いてもちょっと優遇され過ぎていると思う。蝉だって猫と同じく求愛に必死なだけなのに。暑さが悪いのか。見た目か。どっちもだな。
今日も今日とて、アパート1階の我が家の狭い庭には、うなうな、なごなご言いながら猫が集う。
うるさい、うるさいうるさいうるさい。
可愛いが、うるさい。猫が女性に例えられるのも凄いよくわかる。かわいい。許す。だがうるさ……危ない、辞職しなくてはいけなくなる。発言撤回。あーー、うるさい。
うちの庭に来る庭猫さんには、1~5までナンバーを付けている。
1.どっしりした白地にブチ。
目付きがカタギじゃない。
1番わかり合えている(たぶん)。低音。
2.ロシアンブルー。
毛並みが良いから脱走癖のある飼い猫かな。
人懐こい。中低音。
3.白と黒のモノトーン。
左前足だけ黒でオシャレ。いつも隠れてる。
最近ようやく1対1の時3秒見つめあえた。小声。
4.とら柄の美人。
スっとしててしなやかで美人。
語彙力ないが気にするな、美人。高音。
5.みーちゃん。
みーちゃんといえば日本人みんな想像できるでしょ?なベージュと白。かわいい。中低音。
で、この庭猫さん方が、毎晩毎晩やって来ては飽きもせず求愛行動をしている。たまにゲストもいるが、スタメンはこの5匹。
餌は近隣の方に目をつけられると生きにくくなるのであげていない。
たまーに、ごく稀に、ちょっとうっかり手が滑って、食べてたものを落……ぉっと。いやいや、何もあげていません。本当です、私はそんな!人様の!ご迷惑になるようなことは!!何一つ!!!していませんよ、本当です。
話が一向に進まない。
それもこれも、びゃぁぁーん、でゅるるるーん、とお前その声どっから出てんの?文字起こし出来ないじゃん?という声で永遠鳴き続ける庭猫さん方が可愛いがうるさいので、結論悪い。
空気清浄機を使っていても一日篭った空気は入れ替えたくなる。花粉のことを考えて一旦躊躇し、ガラガラと庭に面した窓を開けて、そのままクロックスを履いて腰掛ける。
元から狭い庭に猫が5匹。
逃げる気配はなく、チラリとこちらを見てすぐ目線を逸らされる。はいはい、私は仲間外れですよ、と此方も目線を外すと、隅で梅の木が懸命に光を求めて手を伸ばした先の梢に下弦の月が引っかかってピアスみたいにぶら下がっていた。
彼らが普段どこで何をしているのか、餌が足りているのか、私は何も知らない。
CATSに出てくるジェリクルキャッツのような誇り高い小難しい名前があるのかも知らないし、そういえばイッパイアッテナという名前の猫が出てくる童話もあったっけな、思い出した。
何の話だっけ?
そうそう。そんな庭猫さんのせいで睡眠不足は深刻で、日々寝不足と戦い、花粉症と戦い、HPをゴリゴリ削られて瀕死の状態。
それが春。
ある日突風と一緒にやってきて、ガラリと街中の匂いと季節を変えてしまう。
その日はたまたま駅前の焼き鳥屋が空いてる時間に帰れて、つくねとねぎまだけ買って、家まで我慢だと胃袋に言い聞かせながら歩いていた。
くそ、マスクめ。至高の時間、歩き食いまで禁止か、なんつー世の中だ、とマスクの内側でこっそり悪態をつく。
いつもの歩き慣れた帰り道。電信柱。
「探しています」
迷い猫を探す手書きのコピー。写真と、特徴。
飼い主の連絡先と、名前。
つくねとねぎまで浮かれた気持ちが霧散して、連絡先と名前にそっと指を這わせた。
猫の確保と連絡は、どちらが先なんだろうと考えながら。
うちに来ている庭猫さんの内、最も飼い猫から程遠いと思っていたナンバー3が、実は迷い猫で、しかも飼い主は幼稚園の頃の担任の先生だった。
普通覚えてないよ幼稚園の先生の名前なんて、とは思う。今の今まで思い出しもしていなかった。
顔もぼんやりとしか思い出せないのに、〇〇先生と呼んだ時に振り返ってしゃがんで目線合わせてくれる仕草とか、なぁに?とくすぐったい声とか。
鮮明に思い出して立ち眩む。
用事なんてなくて、でも見て欲しくて、何度も何度も呼んだ、自分の声も。
うるさかったかな?あの頃の私は。
雷と一緒に、春一番の大きな空気の流れの中で、猫が叫んで、寝不足にふらふらしながら。
春が、もうすぐ、やって来る。
日常の延長に少しフェイクが混じる、そんな話を書いていきます。作品で返せるように励みます。