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線、その先。

本編

あの時、世界が終わるのを見たんだ。

カラ…カ、カ……カラ、カカ…ガガガガと何かが引っかかる音がして、視界の隅から浸食が始まり、瞬く間に画面を染めていった。


この頃僕は、持て余した美意識と自己顕示欲で自我はひねくれてコントロール不可能。

王道の良さもわかるけど、それじゃつまんない。なんて、何者でも無いくせに上から目線で。

大学の課題制作は、次でそろそろネタ切れだ、と毎回思う。1.2年の頃は無尽蔵に湧き出ていた描きたい欲求も、周囲に天才ばかりいるからか、諦めと挫折と悔しさと情けなさと、それでも好きなものへの執着と。ぐちゃぐちゃになった感情で、将来なんて果てしなく遠い場所。辿り着ける気がしない。

『本物』の才能とか、『本物』の存在感とかに圧倒されて、自分の世界はなんとも薄っぺらで『偽物』の紛い物みたいだ。自分の人生なのに。

たぶん、誰の役にも立たない不必要なもの。

否定して欲しい。肯定して欲しい。認めて欲しい。導いて欲しい。誰かに判断を委ねている。

空回りばかりの僕が引いた線は、不格好に曲がって曖昧にぼやけて何処にも繋がらない。


その日、まだ2月だというのに季節は春を飛び越えた初夏の気温で、暇を持て余した僕は、フラフラと映画館へ出かけた。

目当ての作品があった訳でもなくて、丁度の時間のものが無いかと上映中の広告を眺めた。

シネコンにかかる超大作だと観るのにも体力がいるし、無理やり感情を同調させられているみたいで、そもそも「全米が泣いた」って誰が統計取っているんだろう?なんて思うのは充分性格悪い。自覚している。却下。

そういえば、日本でももう僅かな、フィルム上映をしている映画館が近くにあったなと思い出して足を伸ばす。

目付きがどう考えてもキマっちゃってる俳優が、柔らかそうな女の子に抱かれてこちらを見ている。タイトルの付け方と、タイトルロゴの配置がもう絶妙。今から20年も前のリバイバル上映だというのに、オシャレさが損なわれていないってどういう事だろう。決定。

淡々と進む。彼と、彼女の物語。

流石にここまで落ちていない。自分より情けない男なのに、彼の姿形、彼の世界は、ヒリヒリした痛々しさすら『本物』以外の何者でもなくて、しっかり存在していて圧倒される。偽物の虚構の世界で、本物の人生が映っていた。

小説を読んでいる時みたいな、ひんやりとした水の底に落ちて世界と隔絶。静かな色気に溺れた。

ボーリング場で、彼女が踊っていた。

見ているのは僕なのに、カメラの手前にいる視線が彼のものだとわかる。彼女をどう思って見ているのか、視線の温度まで感じるような。


突然。音が聞こえた。

カラ…カ、カ……カラ、カカ…ガガガガと何かが引っかかる音がして、視界の隅から浸食が始まり、瞬く間に画面を真っ黒に染めていった。

唐突な展開に、これも演出なのかと物語に振り落とされないように理解が追いつけるように無意識に力が入る。

匂い。焼ける匂い?爆ぜる音。暗闇の中ガガガガガ……と耳障りな音がして、ようやく、ガラガラの映画館の中、人の気配で現実に帰った。

非常灯の緑の灯り。続いて場内が明るくなり、女性のアナウンス。

「大変申し訳ありません。火事の為、上映を中断致します。前のお席の方から順番にお席を立ち、係員の指示に従って行動していただきますようお願いいたします」

結論から言うと、鑑賞者が少なかったこともあり特に誰もパニックにならず、上映料金の払い戻しがあった後、僕は夕暮れの外へ出た。

何が起きたのか理解はしている。上映中の映画館で火事が起きた。理解はできているのに、戻って来れない。

ひとつの物語の、ひとつの世界が、こんなにも暴力的に終わってしまったことに、感情が追いつかない。

世界の終わりは、突然来る。止めることも叫ぶことも無く、受け入れるしかない。

偽物も本物も関係なく、世界はいつか唐突に終わるんだ。

夕暮れ、風が凪いだぬるま湯のような空気の中で、少し、ぼんやりして。走り出した。

いらない自我やプライドは全部、あの時突然終わった世界と一緒に真っ黒な暗闇の中に落として。

もっと生きて、もっと先まで、躊躇いも迷いもそのまま乗せた線を描いて、どうか世界へ繋がるように、その先へ。僕は走り出した。


あとがき

今回の話には、明確に影響を受けた音楽があります。藍色アポロさんの【線、曲がって止まって】という曲です。

ポップな勢いがあって駆け出したくなるような爽やかな曲です。

大きな100号くらいのキャンバスに向かって真っ直ぐ線を引いているイメージが浮かんで、でも、そのためには勇気が必要だから、まず一度終わらせないといけなかった。

小説終わりでイントロが流れて、走り出した主人公の背中を押すように歌が始まる、イメージです。

作中に登場する映画は、【バッファロー’66】というヴィンセント・ギャロが監督、脚本、音楽、主演と全部自分で手がけた映画で、2021年2月現在、リバイバル上映中です。ヒリヒリしたい方は是非。フィルム上映はしていないと思いますが(笑)

素敵な作品からイメージした短編です。

届け!!!



日常の延長に少しフェイクが混じる、そんな話を書いていきます。作品で返せるように励みます。