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【インタビュー】 自分の好きと向き合う : 調香師 湖山友希さん

一日の始め、仕事場でSODEのリネンウォーターSnuggleを空中に向けて2、3度さっとふりかける。辺りにはトニックウォーターに柑橘の爽やかさがまじったような、スッキリとした香りが広がって、白い、パリッとしたシャツに腕を通すような気持ちで一日をスタートさせる。
これがここ最近の、朝の儀式になっている。香りは冬の朝の冷たさをイメージして作られているが、冷やっとした香りはさわやかな夏の朝にもぴたりだ。

この香りを作った湖山さんのアトリエへ向かう日の朝も、この香りと同じようにさわやかだった。5月の終わりの土曜日、横浜駅を出発した時から、ホームは眩しい光と涼しい風にあふれ、夏の予感と喜びに満ちていた。それが湘南に着いた途端、そこに潮のべたつきと海辺特有ののんびりした空気が加わって、一気に夏のムードが加速した。

寝具専用のリネンウォーターブランドSODE(ソデ)の代表で調香師の湖山友希さんは、湘南・辻堂の地でアトリエ hotoriを開き、香り生み出している。アトリエに伺い、調香師として独立するまでの経緯や、香りの創作過程についてうかがった。


1.調香師になるまで

どんな子供時代や学生時代を過ごしましたか?
「生まれは藤沢ですが、小学校6年間をニューヨークで過ごしました。アメリカではお化粧や香水に触れ始める時期が日本よりも早く、私も小6ではじめてディオールの香水を買ってもらったのをよく覚えています。むこうでは香水をつける人が圧倒的に多く、香りが身近にあり、無意識的に惹かれていったんだと思います。」

ニューヨークでの生活が原体験となり、化粧品の開発などに興味を持ったことから理系の道を選択する。大学院では生命化学を専攻し、食品に関する研究を行った。

「大学時代、ヴィクトリアズ・シークレットの香りが好きで、『これが自分の香りだ』とボティミストなどを愛用していました。香水の他にカフェや料理が好きで、カフェ巡りをしたり、レンタルスペースで一日カフェを開いたりしていました。自分の場所を持って空間を作りたいな、という風に思いながら将来カフェを開くことを本気で考えていました。ただ、大学院を卒業する時点で純粋に開業して生きていく自信がなく、当時は漠然と『就職=安定』という意識が頭の中にあり、一旦就職をして、その先いつか開業できたらいいなというような気持ちでいました」

湖山さんが自分の場所(=アトリエ)を持つのは一旦先に持ち越されるが、この時すでに空間を持って、何かを生み出すことへの興味が芽生えていたことがみてとれて興味深い。


湖山さんのアトリエにて。アトリエでは三種のリネンウォーターを試した上で購入できる。

2.調香師を目指して

大学院を卒業後、大手香料メーカーに研究員として就職します。そこでどのように調香の経験を積んでいきましたか?
「会社では香料の性質を研究する基礎研究に従事していました。社内では入社後の研修を始め、様々な香料を試せる環境にありましたが、調香に関しては会社に通いながらタブルスクールで独習しました。教材を用いて嗅覚の仕組みや調香の歴史、香りの特徴などを自宅学習したほか、月に一度ほど教室に通いました。教室では自分で調香したものを講師に見てもらったり、イメージしている香りに近づけるためのアドバイスを受けたりしながら、香りの組み立て方を学び、一年ほどで修了しました」

スクールに通いながらブランドのイメージを膨らませていったんですか?
「その頃はまだ、調香がしたいという漠然としたものでした。具体化したきっかけは、出産を経て子育てをしながら、自分が本当にやりたいことをやるのはどういうことなんだろう、と考えはじめたことでした。やっぱり調香がしたいから自分が作りたいものを作る。そうなった時に、じゃあ自分が作りたいものは何だろうと考え始め、そこから具体像を固めていきました」

香料メーカーでの六年のキャリアを経て、2022年に調香師として独立。辻堂にアトリエ hotoriを開き、寝具専用のリネンウォーターブランド「SODE」を立ち上げた。

現在SODEからは3種類のリネンウォーターが販売されている。例えばそのなかの一つ、Daydreamには「行ったことのない海/真昼の蜃気楼/花びらを揺らす風/ぬるい炭酸水/一日だけの恋人」というキーワードが添えられて、何だかカリフォルニアのビーチで気怠い午後を過ごしているような気分にさせられる。言葉と同様、ボトルやウェブサイト等ヴィジュアルにも透明感があって、アプローチの温度感はどちらかというとニュートラルで受け手との距離が保たれているように感じる。それでも見ているこちらに何かを想起させるような…そんな詩的なスナップ写真のような世界観はどうやって作られているのだろうか。

3.香り創作の秘密

新しい香りはどうやって調香するのですか?
「最初にストーリーを考えて、物語のキーとなるシーンをいくつか思い描きます。このシーンにはこの香りというイメージが出来上がると、それを言葉で書き出してキーワードを抜き出します。調香するにあたってメソッドとして確立しているものはありませんが、自分がこれまで嗅いできた記憶から、この香りかなというものをどんどん試していきます。ムエット(試香紙)につけては嗅いで、これかなという香りを選んで少しずつ組み立てていきます」

香りを引き出すのに「記憶」が鍵になっている、ということですか?
「そうですね。自分の中での香料のイメージや、これまでかいできた記憶から探してくることが多いですね。中にはこれどんな香りだっけな、と試してみたら意外といい感じで採用するものもあります。あとは単品の香りでなく、あの香水のあの感じ、というのがあればその香水を分析します」

「香りの記憶」というのは、これまで勉強してこられた「香料の記憶」ということですね。ご自身の体験や記憶と香りが結びついていることはありますか?
「あります。思い描くシーンの半分は実体験からきているので、その時の香りを思い出したり、もしくはこんな香りがしてそうだな、と想像したりします。その時にこんな香りがしたかもしれない、ということからもインスピレーションを受けています」

キーとなるシーンを思い描き、そこから生じる雰囲気や感情を体現する香料とその組み合わせを一つ一つ探りあてていく。一般的に調香師は訓練によって1,000〜2,000の天然や合成の香料を識別すると言われており、一つの香りの処方には50~200ほどの香料が使用される。膨大な数の中から必要な香りを選びとるには記憶が重要な鍵となる。

湖山さんのアトリエで使用されている香料

調香には感性や記憶が重要だということがわかりました。これまでの化学の知識も役に立っていますか?
「化学の知識があることで、合成香料の化学物質名でなんとなく香りがイメージできることがあります。また、調香における処方作成は芸術的な思考に加えて論理的な考え方が必要になることもあり、その点では研究の経験が役に立っているかと思います」

感性だけでなく知識とロジックを駆使し香りを作り上げていくが、日によって湖山さんの集中力や鼻の調子は異なり、また調合した香りを翌日確認すると雰囲気が変わっていることもあるという。完成までに要する期間は香りよって異なるそうだが、それがコツコツと積み上げた先にできるものであることは想像に難くない。

現在私が使用している「Snuggle」は、甘さのないスッとした香りで、湖山さんいわく「何となく寂しい朝の、その寂しさえ楽しんでしまうような感じ」。
ユズ、ユーカリ、ヒノキなど、個性的な清涼さを持つ香りが配合されているが、個々に主張するのでなく、お互いの爽やかさを引き立てあっている。一吹きすると、それぞれの香りが糸のように撚り合って一本のロープとなり、一つの香りとなって解き放たれる。そんなまとまりと新しさを感じる。
Snuggleという言葉を聞き慣れず、英語の辞書をひくと「ぬくもりや心地よさを求めてすり寄る」という意味の動詞だった。この言葉がすでに多くのイメージを内包している。


最後に、今後の展望を教えてください。
「SODEのブランドを育て新作を出すことの他に、作家としていろいろなことに挑戦したいです。例えば作品として一点ものの香りをつくるなど、香りの表現を極めていきたいです」


今回インタビューを通じて印象的だったのは、湖山さんの「好き」に対する姿勢だ。いつでも自分の好きなものに正直で、人生の節目ごとに向き合いながらこれまで歩んでこられた。これは一見簡単なようでいて難しい。そういうことを思ったり、人に話したりした途端、自身も外部も「現実との折り合い」への疑問を投げかけるからだ。

一方職を得る際に、男女関わらず好きなことと結びつけて考え、選択する人が増えている。そしてその方法は多様化している。そんな風に感じている人も多いのではないか。
この記事が調香師の職に興味のある人に加え、自分と「好き」との関わりを探っている人に読まれればいいなと思う。

 陽光あふれ、涼しい風が吹き抜ける湖山さんのアトリエで、今後どんな香りが誕生するのか楽しみだ。

湖山友希さんプロフィール
東京大学大学院農学生命科学研究科を卒業後、国内大手香料会社にて香りの研究に携わる。2022年に調香師として独立。寝具専用のリネンウォーターブランド「SODE」をスタート。アトリエhotoriオーナー。ATELIERS AROMES & PARFUMS PARIS認定講師。JAA認定アロマコーディネーター。
ウェブサイト:https://bio.site/yukikoyama

この記事は「Le Voyage Olfactif / 香りを巡る旅」のウェブサイトにも掲載しています。これは日仏を舞台に、香りの持つポエジー(詩性)を巡る旅とテキストによるプロジェクトで、水上あおいが執筆、運営しています。
2023年にスタートした第一期では、調香師へのインタビュー、記憶と官能に関するエッセイなどを公開します。
Website:Le Voyage Olfactif / 香りを巡る旅
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