ポテトチップス九州しょうゆ味と親の愛

 2021年3月某日、東京都内にある近所のスーパーに立ち寄ると、入り口前にポテトチップス九州しょうゆ味が平積みにされていた。長崎出身の僕にとって親しみのある味。「東京でも買えるんだ」と思わず手に取ったものの、結局買わなかった。実家からの仕送りにいつも入っているからだ。大学進学を機に故郷を離れて10年。遠く離れた家族について考えることは日に日に増えている。
 段ボールで届く仕送りは日々の生活の楽しみの一つだ。大学生の頃は月1回だった仕送りも社会人になった今では不定期。「何が好きか分からないから」と母はスーパーや生協で日持ちする食品を買ってはせっせと箱詰めしていると聞く。レトルトカレーや乾麺、フリーズドライのスープと共に、〈今年は世の中みんなが大変な年でしたね〉<気に入るものがあったらうれしいです>といった手紙も同封されている。そんな中でポテトチップス九州しょうゆ味はレギュラーメンバーとして不動の地位を獲得中。袋のサイズが段々小さくなっているのは、年を重ねるにつれて体が丸くなっている僕の健康を気遣ってくれているからだろう。親の愛を感じる瞬間だ。
 新型コロナウイルスの影響で今年は正月さえも実家には帰れなかった。年に一度の帰省は楽しみで、飛行機を予約した後に父から帰省禁止命令が出たから僕はへそを曲げた。小学校教諭を退職し、今は保育園の副園長として働く父に「職員にも家族の帰省は遠慮するようにと伝えているし、うちだけ例外にするわけにはいかない」と言われ、「東京の人はどこに行ってもバイキン扱いだな」と啖呵を切ってしまった。父に「今は我慢の時だよ」と返され、ぐうの音も出ない。冷静に考えれば、帰省して60代後半の両親の命に関わる事態になったら、僕は一生後悔するだろう。転職して疲れ切った心身を故郷で休めたい気持ちを抑えると同時に自分の幼さを反省した。

  近所の稲荷神社で引いたおみくじは小吉で、〈自分の能力や立場を冷静に見極め行動する時です>と釘を刺された。1K8畳の部屋に戻り、総菜をプラスチック容器のまま食べ、母の手料理や父と酌み交わす酒のことを思う。誰とも会えないコロナ禍の正月というのは何とも味気ない。「来年こそ家族で過ごせたらいい」。そんなことを思いながら、しばらくの間はポテトチップス九州しょうゆ味が届くのを待ちながら耐え忍ぶことにする。

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