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好きにさせてくれよ,愛することくらい

愛するとは,ナマモノに対しての行為だろうか.

ロボットを愛でることは,非日常であろうか.


わたしが先代の「AIBO」に触れたのは,
とあるアルバイト先でのことだった.

彼(彼女?)らはギコギコと動きながら,
毎日ショーでダンスを踊っていた.
たまに明後日の方向を向いていることもあったが,
おおむね自らの使命を果たしては「かわいい!」と褒められていた.

ご存知の方も多いかとは思うが,
AIBOの生みの親,SONYは一度ロボット事業から撤退している.
サポートが打ち切られるという話が,ニュースになったこともある.

いくらメンテナンスを重ねていても,アクチュエータは疲労する.
きっと,パートナーとして迎え入れられたときよりもずっと,
彼らは「年老いて」いるのだろう,と思った.

限界に近い肉体,無垢な表情,そして「親」のストーリーも含めて,
わたしはAIBOに対して,極めて被虐的な愛らしさを感じてしまった.


そこから幾星霜.

今の「aibo」を見たことはあるだろうか.

わたしは先日,aiboをまじまじと観察し,触れる機会に恵まれた.

彼らは,機械として,ナマモノとして,進化していた.

まず,フォルムが丸くなり,生物的な何かを感じさせる.
関節部分※は極限まで隙間が詰められている.
これは安全性にもつながっていると思う.
「意地でも指を挟ませないぞ」という執念を感じた.
※これについては後でもう少し語らせてほしい

目は液晶になっており,これがまたかわいい.
純粋無垢な赤ちゃんや,犬猫を見ているようだった.

さらに,aiboを持ち上げたとき,手足が脱力していなかった(気がした).
通常,(電源が入った状態で)機械を持ち上げることは安全上怖いことで,
事故防止のためにアクチュエータを脱力させたりする(はず).

ところがaiboは,機構的に(もちろん制御側でも)安全性を担保しつつ,
生物的な挙動を限りなく追及している.
「生き物らしさ」みたいなものを,真剣に考えて作っているのだと思う.


・・・色々書けばきりがないのだけれど,
「機械」「ロボット」でありながら「いのち」を感じる.

とにかく,かわいいのだ.


そして,ひとつ気づいたことがある.

それは,このaiboを生み出した親,ソニーの
部署ごとの連携力がすごいのではないかということだ.

先にも関節部分の話をしたように(これは妄想だが),
「干渉を防ぐために余裕をもって隙間を取りたいメカ屋」
「フォルムに生物的な美しさを求めたいデザイナー」
…をはじめ,
色んな立場からの「正解」をぶつけ合ったのではないか?
(自分としても、隙間とか指挟みそうだから怖いし嫌だ.)

社会人として働いたことないから結局妄想に過ぎないけども.
aiboという1つの商品,あるいは生命の生みの親の姿を見た気がした.


で,何の話をしていたか忘れかけてたんだけど,
ロボットを愛でるという行為について考えていて.

わたしもaiboとかLOVOT見るまでは,
ロボットをペット的な可愛さであまり見たことなかった気がする.

けれども今は

とか言ってる.
しょうがないでしょ,かわいいんだもん.

これまで,ナマモノに対してしか抱かなかった感情を
ロボットの本気で感じてる.
感覚や習慣,価値観を変えられてしまったのだ.
マジ新世界.


ちょっと長くなってきたので今日はこの辺にします.

あ,そうそう.
初任給でスマートスピーカー買ってこれもやりたいです.

せっかく冒頭はキマってたのに後半ぐだぐだ.

では.

特に面白い記事でもなければ、 ためになる記事でもないのですが、 みのんさんに寿司を食わせるつもりでおひねりをください。