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比べることが無意味だと改めて思った【子育て目線】

私は子育てにおいて、自分の子と周りの子を比べる、ということはほぼありません。

なぜかというと、

・ごく短時間、24時間365日のうちのわずか一部の姿を見ただけで、自分以外の子の発達の程度を把握できるはずがないから。
・「今」できないことと、これからもできないことは、イコールではないから。
・一人ひとり発達のペースが異なるため、比較する意味がないから。

こう考えているからです。

我が子は、知的障害と発達障害(自閉症スペクトラム)の診断を受けた未就学児。

もちろん、同い年の子を見ていて「こんな風にたくさんお話できるんだ、すごい」「器用なことができるんだな」と感心することはあります。

また、概ねの平均(だいたい何歳くらいだとこんなことができるようになるという目安)を参考に、「うちの子はこの力が弱いみたいだから、工夫して伸ばしていこう」というアプローチは有意義だと思います。

我が子は大丈夫かしら、と心配し時に悩む親心はもちろんあるのですが、療育や家庭でのアプローチなどできることは全てやっているし、本人も着実にできることが積み重なっているので、親として日々フォローはしながらも、過度な心配はしていません。

最近、こんなことがありました。

以前、同じ療育のクラスに通っていた同い年のAくん(仮)のママから、一緒に公園で遊びませんか、と連絡が。

子供を連れ、お互いの自宅がある中間地点まで電車に乗っていき、久しぶりに会いました。

私としてはAくんにもお母さんにも久々に会えて嬉しい、くらいの気持ちだったのですが、帰宅してから、Aくんのお母さんはもしかしたら、うちの子とAくんを比べて安心したかったのかな?と思いました。

たとえば、

・「◯◯ってもうできる?できないよね、うちの子と一緒」
・「△△くん(我が子)、保育園でついていけてる?クラスの他の子と比べて気にならない?」
・「Aはあれとこれはとっくにできるんだけどね、これはまだできてないから…」

など、Aくんママの会話の基本が「比較」「定型発達児と比べていかにできないか」「でも、もっとできない子もいるはず!」みたいになってしまっていて。

以前はそんな感じはなくもっと堂々としていたというか、「Aは手はかかるけど、ユニークないい子なの」という感じだったので、少し変わってしまった印象を受けました。

私からすれば、Aくんは伸び伸び活発ないい子だし、うちの子もマイペースないい子、以上。という感じなのですが、Aくんのお母さんは、なにかと比べたいようでした。

よその子の発達がゆっくりな部分を見て安心したい、できていないところを見つけて評価したい、決めつけたいという感じ。「障害児でしょ、同類でしょ」といったような、ちょっと卑屈な感じ?

こちらは一切何も思っていないのに、一方的に我が子を評価されたようで。子供同士が特に親しい訳でもないので、「う〜ん、こんな感じならばしばらく会わなくてもいいかな?」なんて思いました。

あと、おそらくAくんのママが思っていたよりうちの子が落ち着いていたので、向こうの「あれ?(もっとできないと思ってたのに)」みたいな、少し焦った感じもあって。(療育のクラスが一緒だった時期が少し前で、その時は落ち着きがなかったので)

気持ちに余裕がないんだな、勝手にコンプレックスを持って自信がないんだな、と思ったのと同時に、我が子と他の子を比べるってもっとも意味がないことだな、と改めて感じるきっかけになりました。

我が子の発達を信じてこれからも見守ろうと思ったのと同時に、Aくんのママが、Aくんの良さに向き合って子育てができる気持ちに整えばいいな、と思いました。

そうしないとAくんママもつらいし、Aくんも自信をなくしてしまうかもしれないし、周りにいる人も離れてしまうんじゃないか、と思うんですよね。もちろん、大変だったり落ち込んだりすることがあるのはわかるのですが。

子育ての悩みって結局、自分自身の気持ちのありかたによって全然変わるな、と思った次第です。

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