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「よつばと!」15巻、衝撃のトリック

「よつばと!」の魅力

今回は「よつばと!」の最新刊(2021年6月現在)である15巻を取り上げたい。ぼくは本巻にものすごい衝撃を受けたのだ。

「よつばと!」は10年ほど前から読み始めたと記憶しているので、本作は2003年から連載が開始したことを考慮に入れると、ぼくは「よつばと!」新参者といえるのかもしれない。ただ、読み始めてすぐに惹き込まれてしまったことは確かで、ただちに既刊を買い揃えた。当時は実家に暮らしていたので、「よつばと!」を買ってくるといつも母親が喜んで読んでいた覚えがある。母親は「ONE PIECE」も読んだことがない漫画シロウト(実際は読もうとしたらしいが「読み方がわからない」らしい。)だが、「よつばと!」はとても楽しんで読んでいたことに、ぼくはちょっと驚いていた。

ぼくは読み始めた当初から「よつばと!」に、よく宮崎駿のアニメで感じる「あるある」と、そしてそれに付随するなんとも言えないエモい感情を抱いていた。なかなか言語化することがむつかしいのだが、例えば「となりのトトロ」におけるメイの一挙手一投足は、幼年期の女の子が身近にいたことがある人間にとっては「あるある」に満ち溢れている。「こういうことやるよね〜」みたいなことだが、宮崎駿の演出はもっと無意識下に起こっていることがポイントだ。

つまり、宮崎駿的な「あるある」とは、例えば「子どもはこういう遊びをするよね」という大きなアクションの「あるある」とは異なり、「このご飯を食べているときの何気ない左手の動き」とか、「おんぶするときに一瞬上下に体を揺する仕草」が「あるある」なのである。いつもぼくたちが見ているはずの光景だが、ちゃんと見ていない光景。無意識下で「知っている」光景を再現してしまうのが、宮崎駿なのだ。

「よつばと!」はアニメーションとは異なり漫画なので、当然宮崎駿の演出とは手法が異なる。しかし、受ける印象はまさに宮崎駿的な演出そのものなのだ。ここに、「よつばと!」の魅力の秘密がある。

「よつばと!」は主人公よつばが縦横無尽に動き回る。それを強調するかのように、本作の背景は静的である。よつばや登場人物たちは漫画のキャラクターとしてしっかりデフォルメされているのに対して、背景の建物、樹木、自動車などの無機物は写実的で冷たく静的な印象付けがなされている。

また、よつば以外の登場人物たちの設定も、よりよつばに視線が注がられるように工夫されている。よつばの周りの大人たち、というか小学生の恵那まで含めて、よつばの周りの人々は静的なキャラクターとして配置される。よつばの縦横無尽さは、周囲の静的な人々によっても強調されるわけだ。

だが、これだけだと宮崎駿的な演出を再現することは不可能である。まだしっかりと「よつばと!」の真の魅力の秘密を言語化できていない。しかし、ぼくの考えでは15巻を読んだ感想を綴ることで、その秘密の一端を捉えることができると思う。

「よつばと!」15巻の衝撃

本論の冒頭にも書いたが、「よつばと!」15巻にはものすごい衝撃を受けた。最後のページまで読んで、また冒頭から読み直す。何回か繰り返して読み直すほどであったのだ。そうすると「あること」になんとなく気がついてしまった。

「よつばの背がなんか高くなった気がする。そういえば本巻では、よつばが自己紹介でちゃんと「5歳」と言っているな。前はまだ4歳なのに「5歳」と言っていた。あ、一年経っていたのか。ん?よく見ればとーちゃんと手を繋いで歩かなくなってるな。」

そうなのだ。よつばは確実に成長していたのだ。しかし、ぼくたちはなぜか本巻のラストを読むまで、それを明示的には気がつかない。あくまで徐々に徐々に、小さな変化の積み重ねが描かれていたのだ。

この感覚、この体験はなんだろう。よつばが15巻ラストでランドセルを背負った瞬間、ぼくたち読者が感じたエモい気持ちはなんだろう。(ぼくは号泣した。)まだまだよつばは子どもだと思っていたのに、気がついたらランドセルを買う年齢になっている。しかし振り返ってみると、確かに小さな小さな変化(=成長)はあった。

子どもの成長。それは身近にいると気がつかない。しかし大きな人生のイベント(ランドセルを買う)が発生して初めて、遡行的に心当たりを思い出す。ぼくたちは、まさに「よつばと!」を通して子育てを疑似体験したのではなかろうか。

「よつばと!」の最大の魅力。それは子育ての疑似体験にある。だからこそ、「ONE PIECE」を読めないぼくの母親も読むことができる。だからこそ、宮崎駿の演出と受ける印象が似ているのだ(メイの行動に「あるある」を感じるのは親である)。

作者のあずまきよひこは、この子育ての疑似体験を「よつばと!」読書体験とリンクさせるために、2003年から2021年まで18年の歳月をつぎ込んだのだ。作中で流れる時間は1年なので、よつばの成長を読者が気がつかないように、しかし確実に成長しているように「仕掛け」るには、それほどの歳月が必要だったということである。

改めて「よつばと!」15巻は、この作品の集大成であるし、そしてあずまきよひこという作家の途方も無い天才性を感じられる大傑作であると言える。そういえば、あずまきよひこは前作「あずまんが大王」でもちゃんと時間の流れを1巻ずつ作っていた。そもそもあずまは「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」を筆頭とする時間の流れない漫画とは異なる「日常系」漫画を志向していたのだ。

時間は常に流れている。それは見方によっては残酷なことで、「日常系」フィクションはなるべく時間を見ないふりをし続けていた。しかし、厳然と時間は存在し、しかもそれは非常に「尊い」ことだと、「よつばと!」は示してくれる。

「よつばと!」は本当に素晴らしい。こういう作品と出会えるから、漫画を読むのはやめられない。

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