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【子どもの貧困vol.3】子どもの声を聞く

学校は教育の場であると同時に、極めて重要なセーフティネットの場でもある。そのことが、コロナによる休校によって多くの人に認識されました。みんなのオンライン職員室では、子ども達の生活背景をキャッチできる感度を高めると共に、子ども達の苦しい状況を生み出す社会構造について学び、教師として、1人の大人としてできることを考える機会として、「子どもの貧困」をテーマにした講座を開催しました。

今回はスクールソーシャルワーカーとして活動してきた経験を持つ金澤ますみさんをゲストとしてお招きしました。武田緑さんが聞き手となり、学校という場を通して見えてきた子どもの貧困問題についてお話しいただきました。

金澤ますみさん
桃山学院大学社会学部准教授。社会福祉士。スクールソーシャルワーカーの活動経験をもとに、学校という場の可能性について研究。主な著作に『学校という場で人はどう生きているのか』『スクールソーシャルワーカー実務テキスト』など。
武田緑さん
Demo代表 / 教育コーディネーター / 人権教育・シティズンシップ教育ファシリテーター。民主的な学び・教育を日本中に広げることをミッションとして、教育関係者向けの研修の企画運営、現場の課題解決のための伴走サポート、教材やツールの開発・提案、キャンペーンづくりなどに取り組んでいる。シティズンシップ教育、人権教育、オルタナティブ教育、学校と学校外の協働、子どもの参画、ファシリテーション、ワークショップデザインなどが専門。


1. 学校で見える子どもの貧困問題

相対的貧困とは、その社会や文化の中で「普通の暮らし」ができていない状態のことを言います。例えば、お金がなくて修学旅行に行けないのもその状態の一つ。日本の学校教育は保護者が費用を負担することで成り立っているため、家庭の経済状態が子どもの学校生活にも直接影響を及ぼしています。金澤さんからは、貧困状態の可能性があるケースについていくつか紹介していただきました。

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「小さな頃から歯を磨いてもらったことがなくて、小学校1年生の時点で歯がボロボロだったり、学校から出た宿題に家で取り組める環境ではなかったりすることがあります。また、絵本を読んでもらったり音楽を聴く機会がなかったり、誕生日などの特別なお祝いがなかったりすることも。冬休み明けの学校で『お年玉で何買った?』と言う話題に入っていけない子もいます。その状態が全て貧困というわけではありませんが、背景に貧困状態があるかもしれないと考えます」

学校では、子どもの「問題と見える行動」や「心配事と見える行動」の背景を見ていくことで、初めて貧困の問題が見えてきます。一方で、それらの行動がすべて貧困と繋がっている訳ではありません。

「学校での出来事としては、宿題をやってこなかったり、忘れ物が多い子どもがいたりしますよね。特に小学1年生ですと、最初は大人のサポートが必要になるため、先生から保護者に協力を求めます。それでも忘れ物が続くと、学校での活動に参加しにくくなったり、注意をされることが増えてしまう。子どもにとって、学校が楽しい場所でなくなると、何かのきっかけで、子どもが学校を休み始めてしまう。SSWの活動では、そのような状況になって、初めて家庭に関与するということが多かったです。すると、経済的に困窮していたと言う背景が見えてくることがあります。経済的に困っておられる保護者の多くは、学校に『お金がなくて、どうすればよいかわかりません』と
はなかなか言ってこられません。心配事な出来事の背景を見る視点がない限り、貧困は見えてこないのです。困っていても、相談できないことのほうが多いのだということを、学校の中で共有していくことが必要です」

また、「教育の機会均等」と法的には言いますが、実際は小学校1年生の時点で既に均等ではないのだそう。だからこそ、支援が必要な子にはより手厚くしなければいけません。実際にはどのような状態があると、背景に家庭の経済的困難な状況があると考えられるのでしょうか。金澤さんからは、更にいくつかの事例を紹介していただきました。

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「例えば、保健室によく『お水をください』と言いに来る生徒がいるんですよね。『お腹が空いているんだと思うんです。昼食の時間まで気を紛らわせようとして、水をもらいに来るのではないか』と対応した保健室の先生は言います。何らかの理由で前日夜と朝に食べ物を口にすることができていなければ、空腹で勉強どころではないはずです。また、貧困の子の体型はガリガリだというイメージを持たれがちですが、実際はかなり肥満の子もいます。肥満になると外に出るのも億劫になって、運動もしなくなっていきます」

このような危機に気づいた大人たちが、朝食支援をはじめている地域もあるとのこと。貧困かそうではないのかの見極めは難しいものですが、できる範囲で学校関係者全員で子どもの背景に目を向け、サービスや制度を提供したい。でも、今の学校制度では限界があります。給食の完全実施と給食費の無償化など、制度を変えていくことも必要です、と金澤さんは言います。


2. 貧困とネグレクトの関係

ネグレクト(Neglect)とは、「無視する・見過ごす」と言う意味。金澤さんは子どもへのネグレクトについて、こう説明します。

「子どもへのネグレクトとは、本来人間が生きていく上で必要なもの(衣食住、声かけやまなざしなど)が与えられないことです。養育拒否や育児放棄などと訳されると、意図的に何もしないような印象を強く受けますが、保護者は努力しているのに十分な関わりが今できない状態にあるということの方が圧倒的に多いと感じます。周りにサポートする人がいなかったり、保護者自身に障害や病気があったりする場合もあります。福祉サービスの情報を得られなかったり、サービスを知っていても手続きが複雑であったり、受付時間に行けない等の理由で、適切なサービスに繋がっていないこともあります。結果としてネグレクトの状態になってしまうという構図です。今保護者が家事や育児が十分にできない状態にあるのであれば、誰が代わりを担うのか。そこを考えていく必要があります」

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更に、ネグレクトの中で子どもが育った場合に起こり得ることについてこう続けます。

「泣いていても誰も見てくれないのであれば、泣くのを止めてしまいますよね。そうすると、訴える力が弱くなることがあります。また、『ありがとう』と言われる関係性に身を置いたことがないと、自尊心が育たなくなってしまう。無気力・無関心の状態になるか、もしくは初めて会った人に過剰に甘えるなどのアンバランスさが見られることもあります」

教員として、子ども達のSOSをキャッチするために必要なこととは一体何でしょうか。

「学校の先生が子どもの話を聞いていないかというと、そうではありません。先生は気になる子どもに声をかけ一緒に過ごす時間をつくっています。そして、全体には『いつでも相談していいよ』というメッセージを発している。でも、相談に乗る時間が十分に取れないという体制上の課題があります。そのため、相談したいことがあっても忙しく働く先生の様子を見て『話しかけづらい』と感じてしまう子どもも中にはいます。スクールソーシャルワーカーや相談に乗る立場の人は、出来るだけ暇そうに見えるように努力していることもあります。子ども達の援助希求性が低いと捉えるのではなく、相談先やその機会を教えてこられなかった結果であるとの認識に立つことも重要です。心の問題に帰するのではなく、環境整備の問題として捉える、ということです」

今年3月からは、突然の一斉休校で子どもも大人も暮らしが一変しました。このような状況の中で、不安な気持ちや疑問、怒りを誰かに伝える場を失ってしまった子どもも少なくありません。

子ども達は、自分が思っていることを表現していいし、意見を聴かれる権利を持っています」と言う金澤さんは、そのことを伝えるために『タズネウタ』を作詞。音楽を通して色んな人たちと繋がっていきたいという想いで活動されているのだそう。


3. 子どもの貧困問題に学校で取り組めることは何か。

では、学校が貧困問題に対してできることとは何でしょうか。武田さんからは、「貧困が背景にある場合とそうではない場合で、学校としてすべきことは変わってくるのでしょうか?」と質問がありました。

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「学校でまずできることは、お金のかからない宿題の工夫や、夏休みの宿題で出される絵日記のテーマの検討などがあります。背景の違いについては、その違いによって提供できる資源が変わります。例えば「欠席」の背景に、貧困の影響がある場合は『学校に行きたい』と言うことすらできない状態にあるかもしれません。その場合、福祉と連携して学校に行くことができる環境を整えていく必要があります。いじめがきっかけで学校を休んでいるのであれば、まず、学校内の対応が必要です。子どもが困っている状況に関与していくことで違う理由が背景として見えてくるので、それに応じて支援は変わってきます」

参加者からの質問と金澤さんからの回答の一部をご紹介します。

質問:先生自身が、自分で関わる以外にどんな資源があるのか知らないことが多いと思います。例えば、もし生徒の虫歯が治ってないと気づいた時、まずどんなことをしたらいいのでしょうか?

回答:まずは、歯医者に行けない理由があるのではいか、生活の視点に思いを馳せることが大切です。そして、気になる児童・生徒がいる場合は、先生1人で対応するのか、複数人で対応するのか、そのような方針を決めたり情報共有する時間を早めに作る必要があります。福祉と連携しようと思うと、先生だけが対応するのは大変だと思います。スクールソーシャルワーカーは、利用可能な制度を調べて説明したり、病院に付き添ったりするなど、伴走者としての役割を担ったりもします。子どもを支援するためにも先生と連携する立場にいます。

武田さんからも、家庭を取り巻く環境の違いについてコメントがありました。「今は家庭の教育力に依存していますよね。地域コミュニティにも依存しづらくなった。昔はお金を払わなくても自然の中で遊んだり体験できたりすることが多くありましたが、今はお金を払うことで得られる経験やサービスが増えたと思います。貧困状態にあると言っても、昔と今では環境が違いますよね」

講座の後半には参加者同士で対話する時間もあり、宿題の在り方や教員の業務にまで話題が広がりました。

金澤さん、武田さん、ありがとうございました!


みんなのオンライン職員室では、11月14日(土)に学校教育と『格差』フォーラムの開催を予定しています。(本日開催!)

あらためて〈学校教育と『格差』〉の関係を見つめ、明日からの子どもたちとの関わりを一緒に考えませんか?詳細は以下のリンクからご覧ください。


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(文:建石 尚子)

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