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言ってはいけないひと言

ばあばの認知症が始まったのは、亡くなる6~7年前だったように思う。「あれ、なんか変だなあ」と感じたのは、ばあばの『キャラ変』だった。

もともとばあばは、明るくておしゃべりで、ちょっとおせっかいな楽しいおばあちゃんだった。息子(ばあばにとっては孫)が生まれる前から、私とは仲良しで、夫抜きで、2人でよく夜中までおしゃべりしながら飲み食いしていた。

近所の方にも「あら、娘さんじゃなくて、お嫁さんだったの? 仲いいし、よく似てるから親子だと思ってた」なんて言われて、2人で嬉しい気持ちを共有していたもんだった。

息子が生まれてからは、それはもう、偉大な子育て協力者になってくれた。ばあばは我が家から、歩いて7分くらいのところに住んでいたこともあり、2つの家を行き来しながら、たくさん助けてくれた。

保育園のお迎えはもちろん、私が泊まり勤務のときは我が家に泊まって息子を見てくれた。ばあばなしでは、子育ては成り立っていなかったと思う。息子もばあばのことが大好きで、慌ただしくも、賑やかで楽しい毎日だった。

保育園のママ友からも人気のおばあちゃんで、ある友人は「うちの息子2歳になるけど全然しゃべらないんです…」と、悩みを相談したら
「大丈夫よ。男の子はゆっくりの子も多いんだから。うちの子(夫のこと)も全然しゃべらなかったわよ。今にべらべらしゃべるようになるわよ。」
と言ってくれホッとした…なんて、後からその友人に聞いたこともあった。

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そんなばあばが、なんだかキレやすくなったのだ。普通にしゃべっているときに「聞いて!!」と、私の話をさえぎって大きな声を出すようになった。

また、妙に欲張りになった。私が着ていた服を見て「いいなー、これちょうだい」と、取られてしまったこともある。

そして、計算ができなくなった。ばあばは長いこと小売店で仕事をしてきて暗算が得意だったのに、私と買い物のお金の清算をしていたら「よくわかんないけど、あなたの言う通りでいいわ」と、途中で投げ出してしまった。

(あれ? なんか変? もしかして認知症? でもそんなわけないか。ばあばしっかりしてるから。)

『認知症』というと、ご飯を何度も要求したり、迷子になったり、家族の顔も分からなくなるようなイメージを持っていたので、『ふつうに』生活できているばあばは、そんなわけはない、と思っていた。

何度も説明しないと伝わらないとか、やりとりがちょっとややこしいことが増えてはきていたけれど、まあ年を取ればだれでもそんなもんでしょうと。

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でも、ある日、そんな思い込みが崩壊する出来事が起こった。それは、ばあばからの1本の電話だった。

「ねえ、今すぐ来てくれない?」

よくわからないけど、なんだか切羽詰まった声だったので、ばあばの家に駆けつけると、携帯電話を手に難しい顔をしている。

「ちょっと、電話が変なのよ」「変って、何が?」

説明を聞いたけど、言ってることがさっぱりわからない。友達がどこに行ったとか、携帯が壊れたとか、医者に行ったらどうのこうのとか…元々、順序立てて話すことは得意ではない人なんだけど、あまりに支離滅裂。

「ばあばごめん、よくわかんないんだけど、何がしたいの?」私もイライラしてきて、ちょっとつっけんどんになってしまった。

「ちょっとあなた!人の話聞いているの!!」テーブルをたたいて、大声をで怒鳴るばあば。

切れ切れの話を拾い集めると、どうやらこんなことらしい。

・友達から電話が来て折り返ししたいけど、電話の仕方が分からない。(私への電話はワンタッチボタンに登録しているから出来たけど、普通の電話の仕方が分からなくなってしまった様子)でも、「電話の仕方が分からない」と言うことは、プライドが許さないから、「携帯が壊れている」と訴える。

・かかりつけのクリニックに行ったら、医師と喧嘩になり、「あんたボケてるから検査しろ」と言われた。(事実確認不能だけど、おそらくそれに近いことがあった様子…酷い)

電話したくてもできない。クリニックで嫌な思いをした。どうやら、こんなことがあって、ばあばは感情が爆発してしまったらしい。八つ当たりとばかりに、私を怒鳴りつける。

「大体あなたは、人の話をいつも聞かないじゃない!」

「いや、聞いてるじゃん。大体私、人の話を聴くことが仕事だよ。」

「あなた!仕事ばっかりして、子どもを私に押し付けて!!いい御身分ですね!!!」

言ってることはめちゃくちゃなのに、時折、痛いところを突いてくる。というか、(ばあば、あんなに子育て協力してくれてたけど、心の奥ではこんな風に思っていたんだ…)と、目の前が真っ暗になるような、刃のような言葉を投げつけてくる。私の心にも、感情の荒波が立っていく。

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今なら、分かる。ばあばは困り果てていたんだって。認知症のある人が、人を攻撃するのは、自分を守るためなんだって。放つ言葉は、自分を正当化するために虚実ないまぜになっているから、受け流すことも必要なんだって。

でも当時の私は、ばあばの『攻撃』をガチンコで真正面から受け止めてしまい、自分の気持ちを抑えられず、言ってはいけない一言を放ってしまった。

「ねえ、ばあば認知症なんじゃないの?」

認知症のある人に、「あなたは認知症だ」と言ってはいけない。それを言ったら、お互いが苦しむことになる。認知症は『最初にどう対応するか』がすごく重要なんだけど、それは誰も教えてくれなかった・・・

その日からばあばの私への攻撃は、どんどん激化していった。

#認知症 #介護 #日記


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