世界は白でも黒でもないのだから
花々が色づきだす3月、花見月に突如訪れる春の嵐。雷鳴轟き、大粒の雨が視界を曇らせるほどに降り注ぎ、蕾を蓄えた枝葉が風に煽られ、ざわめく。それは、当たり前にそこにあった日常を一掃するかのように、すべてを洗い流し、どこかへと運んでいった。
春の嵐が去った朝、少し高くなった気もする空を見上げ、草木の香り運ぶやわらかな風を思いっきり吸い込んでみたら、私の中の何かが終わり、そして、新しい何かが、目の前に、私のことを呼んでいた。
義務教育を終え、巣立っていくあなたへ、私が贈る最後の言葉が、春風のように、あなたを新しい場所へと導いてくれることを願って書きました。
新たな旅路に踏み出す、あなたへ。世界は白でも黒でもない。
33日前。クラスの卒業カウントダウンカレンダーのはじまりの日でした。1日ずつ減っていく数字を見ながら、みんなの旅立つ凛々しい姿を思い描き、少し寂しさを感じながらも、本当に楽しみにしていました。
中学を卒業するということは、国で定められた義務教育を終えるということ。多くの人が高校や大学へと進学する昨今の世の中では、中学卒業と同時に、社会の一員として公に認められた存在になるという実感が湧かないかもしれませんが、かつては15歳くらの年齢になると「元服(げんぷく)」と呼ばれる儀式を経て、名前も変わり、大人として扱われました。
4月から始まる新たな日々。きっと、中学生のときよりも行動範囲も友達の輪も広がり、少しずつ自由なことが増えていくのだと思います。「自由」という響きに心躍る人もいるでしょう。
私も、大人になって、時間やお金を好きなことに使えるようになって、なんだか解き放たれたような気持ちでした。
でも、「自由」とは「自分の好き勝手にやってよいこと」ではないのだと気づいてからは、「自由」も「自由」なりに、大変なのだと思い知りました。「自由」とは、「自分の判断で行動すること」です。そして、自分で判断して行動したことは、どんな結果も事態も、自分自身で受け止め、責任をもち、乗り越えていかねばならないのです。その覚悟をもって、新たな日々を歩んでいってください。
さて、平成から令和へと元号も変わり、コロナの脅威にさらされながら社会は変化し続け、時代は大きな変革の時を迎えています。私は、そんな激動の世の中だからこそ、あなたらしく、希望や夢をもって、前を向いて生きていってほしい。
みなさんがこれから踏み出す世界は、白と黒はっきりつけられないことばかりです。学校は「良いこと」「悪いこと」「許されること」「だめなこと」、すべてが白黒はっきりしています。だから、迷うことなく、正しく判断して、間違いのない道を歩いていくことができる。
しかし、一歩社会に出れば、白黒はっきりしないどころか、見方によって白が黒になったり、黒が突然グレーに変わったりする。白が正しいのか、黒が正しいのかも分からない。だから、あなた自身の手で選んでゆかなければならないのです。あなたの中にある知識と、教養と、経験と、度胸と、希望と、すべてを総動員して、他でもないあなたが、道を選ぶのです。あるいは、あなたが白黒決めるのです。
今、あなたの中に、その判断をする知識や経験が、どれほどあるでしょうか。どんどん難しくなっていく学習に、「勉強は嫌いだ」「どうして勉強しなくちゃいけないんだ」と思うときも、あるかもしれません。
けれども、学びの中で得たものは、あなたらしく生きていくための力でもあり、武器でもあります。だから、思いっきり学びに集中できる環境にいられることを、大切にしてください。
白なのか、黒なのかを求め続けられることで、失敗したり、うまくいかなかったりすることもあるでしょう。情けなくて、恥ずかしくて、悔しくて、自分の可能性を信じる気持ちを失いそうになることもあるかもしれません。
大丈夫。見えていないだけで、白黒つかなくたっていいことも、白でも黒でもないことも、たくさんあるから。
白か黒か、善か悪か、表か裏か、大か小か、上か下か、損か得か、好きか嫌いか、正解か間違いか、生か死か、幸せか不幸か、明白な答えを求めて、希望も夢も自分も見えなくなるくらいなら、「選ばない」という選択をしても良いのです。禅の世界では、「両方忘れる」という意で、「両忘(りょうぼう)」というのだそうです。
人生は一度きり。与えられる時間の流れはみんな同じ。答えなき問いに悩み続けるよりも、執着や思い込みを忘れることで、心が放たれて道が拓けることもある。どちらかを選ぶのではなく、自分の声に耳を研ぎ澄まし、希望をもって毎日を生きること。辛いときは休んだっていい。誰かの胸の中で泣いたっていい。
自分が正しいか、相手が正しいか、誰にも分からないことだってある。自分が白、相手が黒だと決めつけて、他人や世の中を否定し続けるのも、きっと想像以上に辛い。
自分は自分、他人は他人。凝り固まった価値観から抜け出し、肩の力を抜いて、曖昧なこともそのまま受け入れ、お互いを認め合いながら、ただ精いっぱいに生きる。あなたが生きている、それだけで救われる人もいる。
「桜前線」。私が1年間、あなたに送り続けた学級通信のタイトルに込めた願い。
春の訪れを告げながら、厳しい冬の寒さを押し上げて、小さな命が力強く芽吹いていく。見上げる空に舞う桜に、人々は思わず微笑む。そんな桜の花のように美しく、桜の幹のようにたくましく、そして冬を北へ北へと押し上げていく前線のように力強く、運ばれてくる春風のように温かい人でいてくれること。
そして「桜梅桃李」、同じように見えて、色も香りも違う春の花々。あなただけの花がある。あなたにしか咲かせることのできない花がある。その花が大きく開く日を、いつも、ずっと、応援しています。
たくさんの笑顔と思い出をありがとう。またいつか、どこかで。さようなら。
卒業おめでとう。
3年6組 担任 藤原 ゆかり
子どもたちの前で、いつもこんなに笑えてたかな?笑
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?