セルフ・ロックダウン

日本のサッカー界を長年牽引しているキングカズこと三浦知良さんが自身の公式ブログで「セルフ ロックダウン」という言葉を使っていた。一流のプレーヤーは言葉選びも巧みだと思えた。しかし、同時に僕には『セルフ ロックダウン』は無理。僕だけではない。多くの日本国民は無理ではないか。

新型コロナには人と人の接触を避けることが1番の対策だとは理解できた。ワクチンができるまで、できるだけ時間をかせぐ。医療崩壊を防止するためにも一定の効果がある。世界の多くの都市では、ロックダウンという都市封鎖が行われ、強制的に人との接触を封じている。

しかし、我が国日本は未だにどこもロックダウンはされていない。いや、法律がないため、ロックダウンはできないという。代わりに、自主性を促す「自粛」という言葉が新聞各社、および公共の電波を通じて僕の目には連日飛び込んでくる。

自主性を尊重してくれるのは嬉しい。国に何かして欲しいとも思わない。むしろ、してほしくはない。

コロナの影響で仕事を失った方には申し訳ないと思う。僕は未だに職場を行き来している。ありがたいことに、車通勤のため満員電車に揺られることはない。職場の誰か。もしくは僕が感染しない限り、クラスターが起こる確率は低い。あくまで確率が低いだけだが。

ではなぜ、職場に行くのか。生活のためだ。国のリーダーの言葉、姿勢を見る限り、納税者の面倒を見る気はない。ならば、生きていく糧を得るには働くしかないのだ。

仮に僕の今の生活を無収入でしようとする。今の僕の自力で何ヶ月持つか計算してみた。

10ヶ月だった。

これを長いと思うか、短いと思うか個人差はあると思う。僕個人は『たった10ヶ月しか、生き延びれないのか』と、これまでの自分の生き様を悔いた。

カズさんがどうして「セルフ ロックダウン」というセリフを語ったのかはわからない。ファンへの自粛をさらに促そうとしたのか。はたまたご自身への戒めなのか。

カズさんは「セルフ ロックダウン」という言葉を選択された。いや、むしろ使えたのだ。僕にはとても使い切れない。乗り越えた壁の大きさ。身につけた自信。はたまた持ち合わせた謙虚さ。内にある秘めた力の差を感じた。

過去を振り返っても仕方ない。前を向くしかない。未来の自分は『セルフ ロックダウン』を発信できる人間でありたい。とは、今猛烈に思う。


🙇‍♂️ただただ🙇‍♂️お願いします