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『パープル・ハイビスカス』チママンダ・アディーチェ著

大好きなナイジェリア人作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのデビュー作について。

本書はこの一文から始まる。
「家族の絆が崩れはじめたのは、兄のジャジャが聖体拝領を受けなかった日だ」
しかし描かれているのは家族の崩壊ではなく、少女の再生の物語だ。

舞台は西アフリカの国・ナイジェリアの都市、エヌグ。
裕福な家庭に生まれた内気な少女・カンビリと兄のジャジャは、カトリック教の信仰に厚い父のもとで一見恵まれた生活を送っている。
しかし、日々の生活にちりばめられた父による数々の奇妙な規則の描写により、
彼らと母親が息をひそめ、自分らしさを押し殺した日々を送っていることがひたひたと伝わってくる。

そこへ叔母といとこたちが訪ねてくる。カンビリとジャジャが置かれている状況を正確に見抜いた叔母は、半ば無理やり2人をしばらく預かることを提案する。
機転が利き、自分の頭と身体を当然のように使って生きる同年代のいとこたちや、
父が断絶した祖父との関わりなどから、戸惑いながらも2人の内面がゆっくりと変化していく。

梨木香歩著の「西の魔女が死んだ」を彷彿とさせる読後感であったが、本書は核家族だけにとどまらず、国、民族、世代、宗教、歴史と、壮大で深く分厚いうねりからもたされる関係性を描く。
尊敬と軽蔑、親愛と断絶、暴力と服従、正義と汚職、黒人と白人、女と男、富と貧困、
伝統宗教とカトリック教、イボ語と英語、アフリカと欧米、非植民国と植民国、そして生と死・・・

非常に幅広い対立構造が立ち現れるが、その是非は決して一筋縄ではいかない。
何が正しく何が間違っているのかという、明確で独立した価値は存在しないのだと思い知らされる。現在のナイジェリア、ひいてはアフリカの持つ文化や社会の複雑さと深遠さを垣間見る。

ひりひりするような暴力と悲劇、胸がざわめく抑圧、信頼していた者への不信感など、シンプルながら迫りくる心理描写に圧倒される。

一方、五感と身体がしっかりと介在した日常生活や、淡い恋のときめき、自分自身を信じて大切にする健やかさなど、救われるような清々しい情景も多々現れる。

最後に。

「ナイジェリアの男性は、この作品の父親のように暴力的なのですか?」

著者のチママンダ氏はあるスピーチ動画の中で、欧米読者から受けたこの質問に対してユーモアを交えこう答えた。
「私は今、アメリカ人のサイコパス殺人鬼の物語を読んでいますが?(だからといって、すべてのアメリカ人がサイコパスであるということにはなりませんよね?)」

アフリカはいまだに、欧米から、そして日本にとっても遠く、ステレオタイプのイメージに陥りがちな地である。
チママンダ氏の作品は、そのステレオタイプをじわりと溶かしていく、静謐ながらも強烈な光である。

もちろん彼女が描く世界が”アフリカ”の全てではないことを頭に入れつつも、
感性が呼び覚まされる細やかでみずみずしい筆と翻訳に導かれ、何度でも没入して楽しみたい作品だ。

※2022年6月27日にamazonにレビュー済み


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