Mark Speer〜ビートルズでさえできなかったことをやったKhruangbinのギタリスト〜②

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 前回からの続き。前回はKhruangbinというバンドのことについて書いたが、今回はMark Speer(マーク・スピアー)というギタリストに焦点を当てて考察していく。 

新時代のギターヒーロー

 かつて、ジミ・ヘンドリクスがいた。彼はそれまでのエレクトリックギターの弾き方を根本から覆した。次に、エドワード・ヴァン・ヘイレンが70年代の終わりに革命を起こして、ギターという楽器が担える可能性を何倍にも広めた。80年代に入るとエディのフォロワーたちが幅を効かせてハードロックおよびメタルシーンを盛り上げていく中、U2のThe Edgeという最先端のテクノロジーを駆使したこれまでに聴いたことのないようなサウンドをギターから出してしまう輩が現れた。The Smithsのジョニー・マーなんかも実はそんな、ちょっとタガが外れているギタリストで、モータウンのレコードを聴きまくってはギターのパートに加えてストリングスのパートも同時にギターでコピーしていたという。音の分別のつかないアホである。しかしそのアホが真新しいサウンドを創りだしてしまい、その後のミュージシャンたちに計り知れない影響を与えたりする。(90年代からしばらくはリバイバルの時代なので、新しいサウンドはたいして生まれていない。)

 Mark Speerというのは断然The Edgeとかジョニー・マーのようなギタリストで、もっと言うと彼らより断然突出したギタリストである。というのは、若い頃からバンドでプレイはしてきたが、ロックというものをほとんどプレイしてこなかったそうだ。

 彼の語るところによると、MTVで見たGrandmaster Flashの"The Message"が初めて音楽からの洗礼を受けた体験で、初めて足を運んだコンサートはParliament - Funkadelic、人生で一番影響を受けたアルバムはズークの代表的なバンドであるKassavの"Lagué Mwen"だそうで、その他にも一応父親が好きだったというDire Straitsのマーク・ノップラー、そしてPrinceの名も影響を受けたミュージシャンに挙がっている。

 本当はドラムをプレイしたかったのだが買う金が無く、仕方なしにベースを弾きはじめて父親の友人から借りた4トラック(※1)を駆使してカシオのドラムマシンでリズムトラックを作り、それらにジャズ・フュージョンのコードを挿れるためにまた友達からギターを借りたのがギターをはじめたきっかけだという。人から借りてばかりである。

 ギターがやりたくてギターをはじめたわけではなく、なし崩し的にそういうふうになり今ギターを弾いている、という感じである。そういう人はぶっちゃけ、ギターでなくともいい。頭の中で先に音楽が鳴っていて、それを表現するためにたまたま手に取った楽器がギターであっただけの話である(そういう意味では先ほどのジョニー・マーも別にギターでなくともよかったかもしれない)。これがロックばかり聴いていたとしたら、そうはいかなかっただろう。一番目立つのがギターである故、ロックギターを弾きたくなる。

 ギターマガジンではVulfpeckのCory Wongなんかと共に新・三大ギタリストに挙げられているようだが、異議なしである。ピロピロギターソロとか弾いたりパワーコードとかジャカジャカやっているような時代は、もうとっくに終わっているのだ。

Mark Speerのプレイスタイル

 一聴しただけでは”もしかしたら自分にもできるかもしれない”と思いそうな、あまり難解でなくシンプルなサウンドが印象的な彼のプレイスタイルだが、一字一句そのとおりに真似しようとするとかなり苦労する。随所に細かな工夫が施されているのだ。

 主にペンタトニックスケールしか使わないということ以外は前述したとおり、ロックなどのギタリストとかけ離れた点というのがいくつもあるのだがまず、彼のはじき出す独特のリズム感が耳に残る。

 "Con Todo El Mundo"(2018)収録の"Maria Tambien"なんかがいい例で、フレーズの合間合間にトリル(※2)を多用するのだが、それが時に三連符だったり、ときに16分と32分の組み合わせであったりする。コピーしてみるとわかるが、適当に弾き分けているのではなく規則性があったりする。それと、リフ(※3)で言っても一聴すると同じ音階しか使っていなくて同じように聴こえるフレーズが、実は若干違うリズムによって繰り返されたりしている。ヴォーカルがいない分、少ないサウンドの中飽きのこないように聴かせるスパイス的な工夫がこの一曲だけでもてんこ盛りである。

 加えて、基本的にリヴァーブ(※4)がかなり掛かったサウンドでプレイしているのだが、フレーズの合間にコードをジャッ、と挟むことによってその残響がフレーズの隙間をさり気なく埋めていたりするというのも、トリオならではの工夫だ。こういうプレイスタイルはどちらかというとクラシックのソロギターなどによく見られるもので、”父親の車の中でよくジュリアン・ブリーム(※5)が流れていた”という発言もあることから、少なくとも同じアプローチとして影響を受けているのではないかと思う。誤解を恐れずに言うならば、クラシックのそれとフラメンコのラスゲアード(※6)の中間みたいなパッションを感じる。

 機材に関しても特別なものはなにひとつ使っておらず、それでいてどこにでもある機材で自分のサウンドを出してしまう、というのも良いギタリストである絶対条件のひとつである。それというのは、自分の右手と左手、そして耳がすべてである証拠である。プリンスなんかもそうだった。彼も、便宜上ギターを抱えていることが多かったがスタジオでは全ての楽器を演奏したし、音楽の表現方法は選ばないミュージシャンであった。

まとめ

 Mark SpeerおよびKhruangbinというバンドには、今後の可能性しか感じない。

 先ほどCory Wongの名を挙げたが、彼も確かすでに35歳前後、Mark Speerも2020年現在39歳である。素養も下地も無いのに小汚い大人たちにもてはやされて勘違いしてデビューして、そのへんのぽっと出のすぐに消えていく数多の若いバンドとは違って、彼らには確固たる自分のスタイルがある。これまで熟練を続けてきてなおかつ人々に認められたスタイルは今後、周囲の支援を得たりしながら更に進化していくだろう。

 そして、コード進行やフレーズその他理論的な部分でのバンドの音楽というのは2000年ぐらいからすでに出尽くした感が否めなかったが、彼らのように新しい手法でもって新しいサウンドを聴かせてくれるバンドが今後もっとたくさん出てきてくれることを願うばかりである。”バンド”という形で。かしこ。

※1:多重録音のための、カセットテープのMTR(マルチ・トラック・レコーダー)。

※2:短い間隔で同じ2音のフレーズを素早く繰り返す奏法。

※3:曲中、繰り返し演奏されるパート。

※4:エコー効果(残響)を追加する機器及びその効果。

※5:アンドレス・セゴビアらと並ぶ20世紀を代表するクラシックギタリスト。

※6:フラメンコによく出てくる、”ジャカジャッ”ていうやつ。

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