ミッション

XXさんが帰ったら、もう8時近くだった。

こんな時でも人間は食べないといけないらしい。

そこにいた家族が色々と手配をし始める。

私は何もいらず、先に寝る支度を始めた。日常生活の何もかもが、どうでもよい。

疲れているのに、眠れない。

朝なんて来なくていいのに、朝は来た。

彼は相変わらずリビングで横たわっている。おでこを触ってみた。彼の身体の脇に敷き詰められているドライアイスのせいで、信じられないほど冷たかった。

なんで死んだの?ねぇ、なんで?

声に出して聞いてみたが、返事はない。

彼の上司のYさんがくることになっていた。上司、といってももう20年も慕い、尊敬し、そして近年はようやく仕事のパートナーとして一緒に仕事をさせてもらっていた方だ。私も息子がまだ赤ちゃんの頃、食事を一緒にしたことがあったし、常に彼からその方の名前は聞いていた。彼の奥様も同じ業界で仕事をしていて、ご夫婦でいらっしゃるという。

義理の両親もご挨拶をすると言って、朝から来てくれた。

Yさんと奥様がいらした。彼が横たわっているリビングに通す。

Yさんはまだ信じられない、といった感じだった。夢なのか現実なのかを確かめるように何度も目をこすっていた。Yさんと夫は、冬に大きなプロジェクトを成功させたばかりで、春になってそのプロジェクトの第二弾を仕込んでいる最中だった。おそらく、亡くなる直前まで話をし、連絡を取り合っていたと思う。Yさんは夫より15歳ほど上で、ちょうどYさんが仕事で油がのり始めた頃、夫は新卒でYさんの元で働き出した。夫はYさんを心から尊敬していた。職人気質なYさんの様々な要望に耐えられなくなる社員も多い中、夫はそれを楽しむように働いた。新人だった夫はYさんの仕事ぶりをどんどん吸収し、いつからかYさんに認められ、最近はパートナーとして仕事をするようになっていたように思う。Yさんにとって、きっと夫は可愛い後輩であり、部下であり、仕事のパートナーだったんだと思う。そして長時間労働が当たり前の業界で、もしかすると私より彼の様々な面を知っているのかもしれない。

奥様は同じ業界で仕事をしていた。彼女はリビングに上がり、子供達を見るなり、いきなりまくしたてた。

「A君、Bちゃん、よく聞いて、いい?パパは本当にすごい人なんだよ。この業界でパパのことを知らない人がいないくらい、すごい人なんだよ。もしこの不思議なウイルスの時代じゃなかったら、お葬式に、この業界の全ての人がくるくらいすごい人なんだよ。パパは本当に素晴らしい人なんだよ。」

息子と娘はあまりの迫力に目をパチパチさせていた。

そして、今度は私の方を向いて、

「だいたい、こんなめんどくさい人と一緒に仕事できるくらいなんだから、本当にすごい方です。」

と、Yさんのことを指していった。

そして、言い終えると、まるでミッションを完了したロボットのように静かになった。




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