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『星屑の森』―AKIRA―(最終話)

「愛、そろそろ起きないと遅刻するよ!」

お姉ちゃんの声で、私は目を覚ます。
何だか、長い夢を見ていた気がする。
よく思い出せないけれど、私は夢を見ながら涙を流していたようだ。

「お姉ちゃーん、駅まで車で送ってー」

時計を見ると、いつも家を出る時間の15分前だった。
「そろそろ」どころから、このままでは遅刻してしまう。
私は、急いで制服に着替えながら、お姉ちゃんに車を出してとお願いした。

「さっきから、お母さん、何度も起こしに来てたんだからね。起きない愛が悪いんだよ」

お姉ちゃんは、そう言いながらも、車のキーを手に取り、

「早く準備しなね」

と言ってくれた。

「わーい! ありがとう。お姉ちゃん」

お姉ちゃんは、口調は厳しいけれど、ちゃんと優しいのだ。
昔から、そういうところは変わらない。

着替えて、顔を洗い、髪を梳(と)かして、
お母さんに小言を言われながら、お弁当を受け取ると、急いで玄関を出て車へ向かう。

お姉ちゃんは、既に車に乗り込み、エンジンを掛けていた。
お姉ちゃんの愛車は、エメラルドグリーンの「ラパン」という軽自動車。
真ん丸なライトに、角のない丸みのある車体のフォルム。
内装は白とベージュを貴重としており、運転席には暖かな木目の小さなテーブルがある。
私は、この可愛い車が大好きで、こうやって駅まで送ってもらえる日は、気分が高まる。

「遅刻しそうなのに、何で嬉しそうなのよ。車、出すよ」

お姉ちゃんは、棘のある言い方をするけれど、運転はとても優しい。
こういう可愛いものが好きだということも、きっと私だけが知っている。

「そういえば、進路希望、もう出したの?」

運転をしながら、お姉ちゃんが聞いた。

「ううん、まだ。だけど、なりたいものは見つかった」

「へぇ、意外。ちゃんと考えてたんだ。何になりたいの?」

「……樹木医」

お姉ちゃんは、「ふーん」とだけ言った。
車のルームミラーに映るお姉ちゃんの目元は、私とよく似ている。
それでも、何を思ったのか、心を読むことはできなかった。

家を出てから10分程して、駅に到着した。

「はい、駅に着いたよ。気をつけてね」

「お姉ちゃん、ありがとう! 行ってきまーす!」

私は、勢い良く車の扉を閉めると、お姉ちゃんに手を振りながら改札へと走った。
いつも乗っている電車に間に合いそうだ。

通勤・通学の人で混雑する駅のホームを、人を掻(か)き分けながら進むと、いつもの車両に乗るために列に並んだ。
逆方向へ向かう反対側のホームは、人も疎(まば)らで、私はその自由な空間を羨(うらや)ましく思いながら眺めていた。

ふと、そこに、とても美しい人がいることに気がつく。
外国の人だろうか。
背が高くスラッとしていて、栗色の髪が朝日に透けているようだ。
その人の瞳が、こちらを向いたかと思った瞬間、轟音と共に電車が目の前に滑り込んできた。

人混みに生じた大きな波の力に流されて、私は電車に詰め込まれると、
美しい人の姿はすぐに見えなくなってしまった。


何だか、今日は良いことがある気がする。
何の根拠もないけれど、そんな気がする。

家に帰ったら、進路のことをお姉ちゃんに相談してみようか。

大好きなお姉ちゃんに──。

(完)

第一話は、こちらから🌠



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