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『茜空に待っているのは君のこと。』(2)

あの夏のあの日、あまりの暑さに、近所のコンビニエンスストアまでアイスを買いに行き、
帰りは自然公園を通り、近道をすることにした。

その道中、道端のベンチの上に立ち、背伸びをしながら腕を伸ばしている少女がいた。

風が吹いたら、見てはいけないものを見てしまう気がして、地面に目を逸らす。

さっさと通り過ぎてしまおうかと思ったが、
白いワンピースを着て、麦わら帽子を被っている後ろ姿を見て、
僕は妹を思い浮かべた。

母に手を引かれて、僕の方を振り返り見つめていた妹も、
似たような服装をしていた。

少女は困っているようだったので、僕は声をかけることにした。



少女は、僕と同じくらいの年に見えたが、
麦わら帽子の影で、泣いている妹の顔が重なった。
妹は、だいぶ年下のはずなのに。

思わず、自分のために買ったアイスをあげてしまった。

蝉の絵を描きたいという彼女のために、
僕は丁度良い木の枝を探して、
二股に分かれた枝先に蜘蛛の巣を引っ掛けて、
即席の虫取り網を作った。

ここに越してくる前にいた土地は、山や川が近くにあって、前年の夏に遊びに来た祖父が、虫取り網の作り方を教えてくれたのだった。
祖父の手際は魔法のようで、僕も妹も感動して喜んでいたっけ。



その虫取り網で、木の高いところに留まっていた蝉を採ったものの、少女は虫が苦手だと叫び声をあげた。
しょうがないので、絵を描き終えるまで、僕は少女の側にいることにした。

少女は、描き始めると、すごい集中力でスケッチブックに色を載せていく。
虫が苦手だというわりに、蝉の形をリアルに描いていて、素直にすごいなと思った。

描き終えるのを待つ間、久しぶりの外の風を味わう。
森の中は、アスファルトの上を歩いていた時の灼熱の暑さが嘘のように、風が爽やかだ。
色々な蝉の鳴き声が混じって、少し頭が痛くなりそうだった。

ふと、色鉛筆のケースに貼られたシールが目に留まった。
白地のシールに、英語の筆記体が書かれている。
「アカリ テラシマ」と読めた。
妹の名前が「茜空(あかね)」だから、名前が一文字違いだな。
そんなことを思っていた。


暫くすると、「できた。」という声が聞こえた。
スケッチブックを覗き込むと、そこには涼し気な森の木陰が広がっていて、ゴツゴツとした木の表面に力強く留まっている一匹の蝉がいた。

思わず、「綺麗だね。」と口にしてしまったけれど、
少女は下を向いたままだったから、もしかしたら失礼なことを言ってしまったのかもしれない。

役目を終えた蝉を、元いた木に返すと、
背中の方から「ありがとう」という声がした。
どうやら、怒ってはいないらしい。
僕は嬉しくなって、「いい絵が描けて良かったね。」と返した。


「カナカナカナ‥」とヒグラシが鳴き始め、
夕暮れを知らせる。
もう帰らなくてはいけない。


(つづく)

つづきは、こちらから。↓↓

この物語は、こちらのお話の番外編です。↓↓


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