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『渡り鳥への手紙』

冬の晴れた日、
手の届きそうな青空に
柔らかい生クリームを流したような雲が
鳥の形に見えて、
あなたが渡り鳥と一緒に
この土地に帰ってきたのではないかと思いました。

その日が来ては手に取って、
「ああ、そろそろ出そうか」などと思っては、
また同じ場所に仕舞ってしまうこの思いを、
今年は手紙にしてみても良いでしょうか。


あなたは、十歳も歳上だったけれど、
歳の近いお姉ちゃんという感じで、
長女の私は甘えられる友人がいてくれて、
本当に嬉しかったのです。

恋人のいない私に優しい人を紹介してくれたのに、すぐに断ってしまって、
あなたには残念な思いをさせてしまいました。

あなたの心配通り、
次に好きになったのは、外面だけ良いニ枚舌の人でした。
私はいつも、たくさん傷ついた後に、嘘だらけであったことに気が付くのです。

いえ、本当は最初から嘘に気付いているのだと思います。
ただ、それを見ないふりしていただけかもしれません。

また優しいあの人に連絡してみたら、
とあなたは言ってくれました。
でも、私はその言葉を聞かずに、
あなたに酷い言葉を言ってしまいました。
「暫く恋愛はいらない。友達がいてくれるから大丈夫」と。

あなたからの最後の手紙には、感謝が綴ってありました。
手紙の最後の一文は、手が震えて書かれた文字だと分かりました。
一度も私に弱音を吐いたことのないあなたが、
初めて見せた動揺の痕でした。

手紙をくれた時、余命数カ月と言われていたあなたが
亡くなったという報せを受けたのは、
三年前の今日の午前中、電車の中でした。

よく晴れた日で、車窓からは雪をかぶった富士山がくっきりと見えました。


私の中には、あなたに伝えたかった言葉が残っていて、今も心の奥底に仕舞われています。

最期まで、私の幸せを考えてくれていたあなたの思いを、
私は二度も拒否してしまいました。
あなたは一人しかいないから、他の友達がいれば大丈夫と思っていたわけではないのです。

あなたとの思い出を、誰かと話したい。
そう思ったこともありましたが、私はあなたがいないという事実を受け入れることができずにいました。

今日は、空にあなたが帰って来たと信じて、
ここで手紙を書いています。

変な話ですが、こうやって言葉として形にして、
初めて涙が出てきたのです。
本当に、本当に、私は鈍いですね。

言葉は、認めること。
受け入れること。

どうか赦してほしいと、願うこと。



私は、言葉を大切にしてきました。
言葉は時に相手を傷付けてしまうから、慎重に扱ってきました。

けれど、気持ちを伝える勇気が持てなかったり、タイミングを逃してしまうと、
こんな風に気持ちだけが、心の中に澱(おり)となって残ってしまうのかもしれません。

優しい言葉も、勇気付けてくれた言葉も、注意してくれた言葉も、労いの言葉も、
一緒に泣いたり笑ったりして、取り留めのない話をした言葉も、
あなたから私は沢山の宝物を受け取っていたのに、私はあなたにどれだけの言葉をあげられたでしょうか。

こんなことを言うと、「また、そんなこと言って」と叱られそうですね。

もうすぐ、冬も終わります。
渡り鳥たちも、空を渡って帰っていく季節です。

こうやって筆を執ることが日課になったのは、あなたに伝えたい気持ちがあったことがきっかけでした。

今、私は「言葉を大切にする」ということは、「自分を大切にする」ということだと思うのです。

不思議なもので、自分の気持ちを素直に言葉にすると、自分の気持ちにきちんと向き合えている気がします。

少しだけおかしな言い方をすると、
自分の中の自分を、自分が見つめていて、ヨシヨシと頭を撫でながら認めてあげている感じなのです。

人に伝えたい言葉なのに、自分が向き合うなんて、おかしいですね。
‥‥‥あなたは、どう思う?

来年、渡り鳥と一緒にあなたがこの土地に帰ってきた時、私は何か変わっているのかな。

その時には、この一年の出来事と感謝の気持ちを言葉にして、大好きなあなたに届けたい。


(完)

※以前公開した同表題の作品に、❋以下の後半部を加筆しました。

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