『茜空に待っているのは君のこと』(1) (『夏の終わりに思い出すのは君のこと』番外編)
僕は花の勉強をしていて、別の花屋でバイトしていたけれど、
その日は母が急に熱を出したので、ピンチヒッターとして、母の店で店番することになった。
閉店間際の夜 8時、最後にやって来た客が朱莉だった。
中学1年の夏休み、一度だけ会った女の子。
彼女がその女の子だとは、すぐに気が付かなかった。
当時、背中の半ば位まであった髪は、肩くらいの長さになっていたし、
黒くて艷やかだった髪も、明るいブラウンになっていた。
それに、当たり前だけれど、大人びていて、
虫を怖がっていた女の子を、想起することなんてできなかった。
彼女が懐かしい地名を口にして、
配送伝票に書かれた名前を見たときも、
最初はぴんと来なかった。
でも、彼女の名前を見て、
彼女の顔に面影を確かめると、
懐かしい気持ちがどこからか湧いてきた。
彼女の瞳は、僕の瞳を捉えていて、
興味津々でワクワクとした輝く瞳は、
昔の彼女そのものだった。
彼女は、僕の旧姓を口にした。
あの場所に置いてきた、懐かしい名前。
10年も前に一度だけ会った僕を、彼女が覚えていてくれたことが、とても嬉しかった。
奇跡のように思う。
僕にとって、中学 1年のあの頃は、忘れられない時代でもある。
その頃、母は好きなフラワーアレンジメントの勉強をしながら働きたいと、ずっと強く願っていたが、父は家庭にいることを望み、口論が絶えなかった。
毎晩続く喧騒に妹が泣いてしまうので、僕と妹は、暫く祖父宅へ預けられるほどだった。
父は、僕と妹に対してとても優しい人だったから、気の強い母と言い合う姿にとても驚いた。
あの街には、父の仕事の転勤で春に引っ越して来たばかりだったけれど、
その夏、父と母は離婚をした。
母は、すぐに妹を連れて、隣の県にある祖父宅に帰っていった。
母は僕に、「ごめんね。お父さんのこと、助けてあげてね。」と言い残した。
父は父で、「お前の好きなようにしたらいい。父さんのことは、気にしなくていいから。」と、優しく言った。
夏の間、ほとんど外に出ず、ずっと考えていた。
思い浮かぶのは、父と母と妹の顔ばかりで、どうすれば良いのかと、自分なりに悩んでいた。
そんな時に出会ったのが、まだ少女だった朱莉だった。
(つづく)
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