『星屑の森』―AKIRA―(11)
ゆったりとしたピアノが、ドラムとバスのリズムの上にジャズのメロディーを奏でる。
目を開けると、お姉ちゃんの飲みかけの紅茶に、飴色のライトが映っていた。
私は、元の世界に戻ってきたのだ。
隣に座るお姉ちゃんは、私の方を見て微笑んでいた。
「ん……」
眠っていた菜佳が目を覚す。
「わ、いつの間にか寝ちゃってた。ごめんなさい」
「菜佳さん、気分はどう?」
「うーん、何だかいい気持ち。お姉さんの手が、あったかくて」
「ふふ。良かった」
お姉ちゃんはそう言うと、私と菜佳の手を一度両手で包むように触れてから、そっと手を離した。
「これで、もう鬼は追いかけてこないはずよ」
「何かよく分からないけど、悪夢払いって、これで終わりですか?」
「ええ。これで終わり。私のおまじないが効いたかどうかは、今夜の夢で確かめてみて」
「え、これだけ?」という顔をして、菜佳が私を見る。
私は、菜佳に「にしし」と笑顔を返した。
その時、マスターが温かいハーブティーを持って来た。
ティーポットから、透明なガラスのカップに注がれる、黄蘗(きはだ)色の液体。
それは、新たな記憶の欠片がそれぞれに注がれたみたいで、私達三人だけの秘密を分け合う儀式の様だった。
「そういえば、アキラさんて、普段もここで悪魔払いしてるんですか?」
(菜佳よ、悪魔じゃない。悪夢払いだ)
私は心の中でツッコミを入れる。
「まさか。仕事が休みの日だけよ」
「へー! お仕事って何してるんですか?」
「普段は、樹木医をしてる。今は仕事場が、鎌倉なの」
「樹木医……。初めて聞いた。木のお医者さんみたいな感じですか?」
「そう。樹を診るお医者さんみたいなものよ」
菜佳は、カップに入ったハーブティーが無くなるまで、お姉ちゃんに色々質問していた。
『Cafe Tree』を私と菜佳が出る頃には、日が傾き、西日が眩しかった。
「菜佳、今日はうちに晩御飯食べにきなよ」
「いいの? やったぁ!」
菜佳は燥(はしゃ)いで、私の腕に抱きつく。
「……愛、ありがとね」
菜佳が、そう小さく言ったのが聞こえた。
帰り道、駅まで続く通りには、美味しそうな香りが立ち込める。
でも、私達はそれに目もくれず、ただただ鎌倉駅へと歩みを早めた。
(つづく)
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