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連載SF小説『少年トマと氷の惑星』Ⅵ.昔話

Ⅳ.昔話

 その夜、カイムは暖炉にいつもより多くのまきをくべて、部屋を明るく照らした。
 トマとティエラは、カイムの両翼に包まれながら、天窓から星空を見上げている。
 
「どこから話をすればいいかしら。私とトマのおじいさまは、この惑星の同じ時代に生まれたの。まだ大地が氷で覆われる前の世界は、多くの生命であふれていた。植物も、動物も、そして人も、たくさんの生きものが暮らしていたわ。私が十八の時、同じ音楽学校に通っていたあなたのおじいさま、シュウと出会った。彼はいつも私のために曲を作り、私はその曲を彼のために歌ったわ。幸せな日々だった。けれど、こんな日がずっと続けばいいと願っていたのは、私だけだったわ。音楽学校を卒業するのと同時に、彼は家の決めた相手と結婚を決めてしまった。トマにはまだ分からないかもしれないけれど、おじいさまには私よりも大切な人ができてしまったのよ。私は、それが辛くて耐えらずに、彼の前から去ったの」
「おともだちだったのに? 大切な人は、ひとりしか一緒にいられないの?」
 恋など知らないトマは、純粋に尋ねる。

「そうね。大切な人は、私の周りにもシュウの周りにもたくさんいたわ。でも、私は彼を愛していたから、彼が他の誰かを愛する姿を見ることは、心臓が裂かれるほど苦しかったの。大切な人はたくさんいても、どうしても独り占めしたいという欲望が抑えられないこともあるのね」
「僕は、ティエラの歌でたくさんのことを知ったけど、まだ知らないことがたくさんあるんだなあ。でも、ティエラやカイムに僕よりも好きな人ができて、僕のことなんて見なくなったら、とっても寂しいと今なら分かるよ」
 トマは、ふたりがここから去っていく姿を想像すると、心臓がきゅっと縮まるのを感じた。
 
「で、その別れたふたりが、なんで今更繋がったんだ? この惑星に残ってたのは、あいつひとりきりだった。他の奴らは、みんな他の星へ行ってやりたい放題だ。お前さんも、どこかの星にいたんだろう?」
 カイムは身体を小さく丸めたトマの頭を撫でながら、ティエラの話をうながす。
 
「私はある星で静かに暮らしていたわ。もうそこで、長すぎる人生を終わらせるつもりだった。でも、そんなある日、どこから話を聞いたのか、シュウが私の元を訪れたの。そして、こう言ったわ。『大切なもののために、僕の曲を歌ってほしい』って」
 ティエラは遠い遠い空に散らばる星々の中から、住んでいた惑星を見つけたように、ひとつの星を目で追っているようだった。
 
「……あいつは、今もその惑星にいるのか?」
 カイムは、ティエラの視線の動きを見逃さず、するどく目を光らせる。
 
「いいえ。シュウは、私にこの惑星に戻るよう約束させて、どこかへ行ってしまったわ」
 ティエラはそう言いながら、首を横に振った。
 
「じいちゃんは、どんな人だった? 元気だった? じいちゃんは、僕と離れても、寂しくないのかな。それって、僕が大切じゃないってことなのかな」
 トマは、カイムの左翼に包まれたティエラの服のそでを引っ張って、心配そうに問いかける。
 
「私がおじいさまに会ったのは、今から四十年前。彼は、私が知っている音楽学生の頃のまま、青年の姿だったわ。そうね、カイムよりは小さいけれど、背が高くて手足がまっすぐ長くて、あの流れ星のように大きな手のひらなの。昔のようなほがらかさはなかったけれど、穏やかで知的な雰囲気は変わっていなかった。きっと、今も変わらず、宇宙のどこかで元気にしているわ。でも、それは彼がトマのことが大切じゃないってことじゃないの。きっと何か理由があるんだわ。そうでなくちゃ、私をこの惑星に来させて、トマに会わせるはずがないもの」
 トマは、ティエラの話を聞いてほっとした。
 祖父が今どこにいるかは分からないが、「いつか会うことができるかもしれない」と小さな希望が湧く。
 
「シュウが私に歌ってほしかったのは、この楽譜に書かれた歌のことだったのね。美しい曲だわ」
 ティエラは、ざらざらとした紙面に書かれた音符を、ひとつひとつゆっくり指でなぞった。
 
「それじゃあ、ちゃんとした舞台を用意しないとな。宇宙のどこかにいるあいつにも聞こえるよう、思い切り歌ってくれ」
 カイムは夜空を見上げて、ティエラに舞台を用意することを約束する。
 
 祖父がなぜこの楽譜を残していったのか、祖父にとって「大切なもの」とは何なのか、トマにはまだまだ分からないことがたくさんあったが、ティエラをここに来させた祖父が自分のことを忘れたわけではないと思うと、そんなことはどうでも良いような気がした。
 暖炉の火がパチパチと音を立ててはぜると、トマはカイムの翼に頭からすっぽり隠れるようにもぐり、そして誰にも見られないよう、ひとりでこっそりと涙を流した。
 生まれて初めての嬉し涙だった。

(つづく)

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