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『星屑の森』―AKIRA―(7)

『記憶の樹』から放たれた光が収まって、私はやっと目を薄く開けることができた。
あまりにも強い光だったから、暫くの間、目の前が白くぼやけて見えた。

段々と、ものの形が把握できる様になると、人形(ひとがた)をした影が動いた。
それは、お姉ちゃんが『記憶の樹』の枝に手を伸ばしている姿だった。

『記憶の樹』は、お姉ちゃんに心を許したように、大人しくなっている。
一本の太い枝を左右に振ったかと思うと、その枝をゆっくりと腕のように大きく曲げて、お姉ちゃんに差し出した。

太い枝の先にある、細い一本の枝。
よく見ると、この枝だけ絵の具で塗りつぶされた様に真っ黒で、細かく震えている。

これが、菜佳の悪夢の原因になった記憶の宿った枝なのだ。
恐怖の記憶や苦い思い出。
これらは、『記憶の樹』の中で葉も付けず、こうやって黒い枝となって、棘のようにささったまま、長い間残ってしまう。


私は、お姉ちゃんの元に近付くと、

「私も、菜佳の記憶を覗(のぞ)いてもいい?」

と聞いた。

「どんな記憶か分からないわよ。愛も、怖い思いをするかもしれない。それでもいいの?」

お姉ちゃんは、澄んだ琥珀色の瞳で、私の瞳の奥を見つめてきた。

「うん。お姉ちゃんと一緒なら大丈夫」

私はそう言って、お姉ちゃんの左手に自分の右手を繋いだ。

それは、私の本心だ。
お姉ちゃんは、いつも私の味方で、ヒーローの様に格好良くて、子供の頃から憧れの存在なのだ。
私は、いつだって、お姉ちゃんのことを信じてる。

それに、高校の2年間一緒に居てくれる菜佳のことも、大好きなのだ。
悪夢の原因が分かれば、怖さを分かち合って、一緒に立ち向かえるのではないかと思った。


「絶対に手を離さないでね」

お姉ちゃんはそう呟くと、真っ黒な細い枝に右手を掛け、ポキッとへし折った。

――その瞬間、黒い霧が大きな帳(とばり)となって、私達を飲み込んだ。

黒い霧の中は、風も音も匂いもなく、ただただぼんやりと薄暗いモノクロの世界が続く。
目の前がよく見えなくて怖いけれど、お姉ちゃんの掌の温かさを感じて、私は安心した。

「愛、大丈夫?
 見て。あそこに菜佳ちゃんがいる」

お姉ちゃんの声を聞いて、目を凝らし辺りを見回すと、小さな女の子が蹲(うずくま)っている姿を見付けた。

お姉ちゃんに手を引かれながら、女の子の元に近づくと、その姿をはっきりと確認することができた。

まだ2、3歳だろうか。
胸の辺りからふんわりと広がる、小花柄のノースリーブワンピースを着て、柔らかそうな髪を二つ結びに結ってもらっている。
蹲っているので、顔は良く見えないが、
右耳の後ろにある黒子(ほくろ)は、現代の菜佳と同じだった。

「愛。菜佳ちゃんに、話しかけてみて」

「私でいいの?」

「菜佳ちゃんも、その方が喜ぶと思うわ」

「……うん。わかった」

私は、ドキドキしながら、思い切って小さな菜佳に声をかけた。

「菜佳ちゃん」

慣れないけれど、小さな菜佳を「ちゃん」付けで呼ぶ。
小さな菜佳にとっては、私は「知らないお姉さん」にしか見えないだろうから、その方が良い気がした。

私が名前を呼ぶと、蹲っていた菜佳は、顔を上げて、私を見た。

(つづく)

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