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【歌舞伎鳩】女殺油地獄・忍夜恋曲者 将門(三月花形歌舞伎)

めぐりあわせでうっかり初日に行きまして、偶然役者さんのご挨拶に出会したりしました。南座前のあの小さいスペースでのご挨拶で、役者さんめちゃくちゃ近いとこにおる……となったのと、こういうご挨拶は役者さんの素の性格のようなものが見えるんですね。初めて目の当たりにしましたので面白かったです。
めちゃめちゃ寒かったけど、良い十五分でした(この日の京都、一日風花が……)。

#南座で歌舞伎

鳩はこの頃ずっと思っていたんです、隼人さんが悪い男を演じているところが見たいと。新・水滸伝の林冲が印象的で、ヤマトタケルの大碓命おおうすのみことがものすごく格好良かったため……。お話の内容は詳しくは知らねども、外題が「女殺油地獄」とくればまあ、悪い男でしょう。「女を殺して」かつ「油の地獄」ですもんね……。ということでそちらを見ました。




女殺油地獄おんなごろしあぶらのじごく

ざっくりとしたあらすじ:
油屋を営む河内家の次男・与兵衛中村隼人)は、放蕩三昧の道楽息子。喧嘩沙汰を起こしたり借金をこしらえたりするものの、同業の豊嶋屋女房・お吉中村壱太郎)に助けられたりなどもしている。
馴染みの芸者小菊片岡千壽)が自らを断って客と野崎参りをしていることを聞きつけた与兵衛は、その現場に乗り込み喧嘩沙汰を引き起こす。そのことが元でついに与兵衛は勘当。父・徳兵衛嵐橘三郎)の判で勝手にした借金の返済期限が近づくも、与兵衛には返す宛もなく……。
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与兵衛、ど〜〜〜〜〜しようもない男すぎる。しかしこの男、愛嬌というか可愛げというか、頼りなさと甘えが見え隠れするため、たぶんそういったところが親心/女心をくすぐるのでしょうね……。手のかかる弟っぽさというかなんというか……。実家の居間で寝そべって頬杖ついて話聞いてるとこなんかそれが顕著で、そこだけ見たら子供っぽくて可愛い。しかし既に、両親に手を上げた直後である。可愛いだけでは何もリカバリーできない……。
こうした与兵衛の我儘で甘えたな振る舞いは、結局のところこうしていれば親や周囲の人間に助けてもらえる/愛される、という目算が無自覚にありそうで、そしてそれは間違いでもないから困ったもの。与兵衛は十八(でしたっけ?)にして、中身は子供でしかない。でかくて凶暴な子供なんですね。
与兵衛の凶行は、与兵衛自身の性質に端を発したものであるけれども、その性質を作り上げたのは環境も一因にあるわけで、全てがただただ不幸な方向に巡ってしまったんだなあと思いました。

今まで甘やかされてきたからか、交渉ごとが壊滅的に下手なのも不幸ですよね。なんで先に色仕掛けやっちまうんだ、そんなの異性間での交渉に一番不利になりかねないことじゃないですか。だいたいここで先に事情を話していたのなら、お吉だってもう少しは聞く耳を持ったかもしれないのに。
周りの人が構ってくれるから(世話を焼いたり、怒ったりすることも含む)、そこに与兵衛はずっと甘えてきたのであるし、こうした器用さを得られなかったのだろう。
そしてお吉にはなんの罪もなくて可哀想である。

殺しの場面は凄かったですね、まさか本当に油ででろでろになるとは。「油地獄」と外題に入っているからといって、まさか本当に油の地獄をやるとは思ってもみなかったので、歌舞伎のサービス精神にまた喜ばされました。
舞台上の見た目が派手ということもありますが、これによって惨状を見せつけられた気がして、観客といえども共犯であるかのような緊迫感をひしひしと感じました。

しかしこの殺しの場面、鬼気迫った凄みもありながら、なんというかどこか艶っぽい……。お吉の帯が解かれて襟元が乱れた時に、見てはいけないものを見た気がしまして、居心地が悪かったです。そもそも殺されようというような場面なのですから、見ていて息が詰まるというのに、そこに色気を足されると、どこか倒錯的な、恍惚さのようなものさえ感じられる。観客がそう思うのだから、もしかすると与兵衛も、お吉に刃を向けながらそういった感情を得ていたのかも……。
ここがこの演目の肝とはいえ、ほんとうに、この場面の惹き込まれ方はすごかったです。

そして最後の、全てが終わってしまったあとの静けさ。お吉の死に際が見事でした。荒れた部屋にぐちゃぐちゃの血と油、逃げ回った跡、そこに転がる女の死体……。思い出したように泣くお吉の子供も不穏ですし、もう後戻りのできない現実がただただ光景として突きつけられる。
もう何もかも台無しですよ。与兵衛の親の愛情も、お吉の親愛も。与兵衛はどうしようもない男ではあるけれど、周囲から愛されてだけはいたのに。
しかしこの「豊島屋の光景を七三から眺める与兵衛」という絵は、あまりにも完成されていて素晴らしかった。もうこうなってしまっては、行くも戻るも地獄、あとは成り行きに任せるしかない無力感だけが場を支配していて、観客としては怒りも悲しみも諦めも通り越してしまったのが印象的でした。

与兵衛をやるにあたって、隼人さんは仁左衛門さんにお稽古をつけてもらっていたようですが、たまに仁左衛門さんの雰囲気が見えることがあるのが面白かったです。仁左衛門さんの与兵衛は見たことがないので(もう生では見られないけど……)映像だけでも見てみたいですね。


忍夜恋曲者しのびよるこいはくせもの 将門

ざっくりとしたあらすじ:
滅亡した平家、平将門の屋敷に夜な夜な妖怪が出没するという噂を聞きつけた大宅太郎光圀尾上右近)は、その古御所に妖怪討伐にやってくる。そこに現れたのは傾城如月中村壱太郎)と名乗る美しい女だった。
如月は光圀を見染めたのだと言い寄り、光圀は打ち解けたふりをしながら古御所の栄枯盛衰を語りながら様子を見て……。傾城如月実は滝夜叉姫が、光圀を味方に引き入れようとする計略の駆け引きを行う舞踊劇。
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幕間に「南座のおいしいコーヒー」とやらを飲んだにも関わらず、寝……寝……! さすがに一日極寒の京都市中を歩き回ったあとに、暖かい場所に放り込まれると意識が勝手に……。うつらうつらしつつも一応お話は追えていて、傾城如月の正体が明かされたあたりから意識を取り戻しました。

この演目でも蝦蟇が見得を切ってくれるのですが、歌舞伎、蝦蟇大活躍ですね? 蝦蟇のこと、結構な頻度で見る気がします。
昼と夜で、最後の演出が違ったらしく(筋書調べ)、鳩が見た夜の部では、古御所が盛大に崩れていったあと、滝夜叉姫が逃げ切り、悠々と花道を去っていって、幕となりました。
蝋燭が滝夜叉姫に従ってついていき、ふわふわと優雅に帰っていくので、妖っぽくて大変良かったです。強そうというか、一筋縄では勝てないような雰囲気があるのが素晴らしかった。美しかったです。
それにつけても最初から最後もまでちゃんと見たかった……。京成如月と光圀の探り合いつつの踊り、面白そうだったのに眠気に負けました……。

そういえば滝夜叉姫が蝦蟇に化ける時、壁をすり抜けたのですが、その向こう側で足を踏み外した?っぽく、結構盛大に転けたのが見えていて、すごい心配した……。最後花道になんのことはなく出ていらしたので大丈夫とは思いますが、役者さんって大変だ……。


口上は右近さん
ここで写真を撮らせて、続けて携帯の電源を切らせるのはうまいやり方ですね。



公演概要

三月花形歌舞伎
2024年3月2日(土)~24日(日)
松プロ:心中天網島 玩辞楼十二曲の内 河庄・忍夜恋曲者 将門
桜プロ:女殺油地獄・忍夜恋曲者 将門
南座

2階1列すみっこあたり


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