東京五輪は誰のため? スポーツジャーナリスト・谷口源太郎さんは問う 理念失い形骸化、政治利用は許されない

毎日新聞 2021/6/9

東京オリンピックは一寸先が闇、とは誰の言葉だったか。今も新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)され、テレビのワイドショーは連日のように中止論で盛り上がる。それでも開催へと突き進む日本政府や国際オリンピック委員会(IOC)に対し、硬骨のスポーツジャーナリスト、谷口源太郎さん(83)は怒り心頭のご様子である。

 「『東京2020』はまさにオリンピック終焉(しゅうえん)の大きな始まりになると思います」。谷口さんの口調は冷ややかだ。五輪は政治利用されているのではないか、という根深い疑念があるからだ。「例えば、すでにハコモノはできていてゼネコンに利益はもたらされている。海外からの観客はすでに断念した。損得勘定でここまでこだわるだろうか」。永田町情報によれば、菅義偉政権は五輪開催で国民は盛り上がり、支持率がはね上がると見越している。そしてその勢いで次期衆院選に勝利し、憲法改正といった政治課題をクリアしていく算段だろう、と谷口さんは見る。「これでは全くの愚民政治ですよ。それは怖いことです」

コロナ禍の収束が見通せないまま、政府の「新型コロナウイルス感染症対策分科会」の尾身茂会長からは「パンデミック(世界的大流行)で(五輪を)やることが普通でない」という発言まで飛び出した。一方で菅首相は「安全安心な大会を実現することにより、希望と勇気を世界中にお届けできる」と言い、大会関係者も「安心、安全」を繰り返す。谷口さんはこれに怒りを感じるといい、「誰のための五輪で、何をもたらすのか。なぜ、そこまでやろうとしているのか。それほどまでに五輪の価値、意義があるのか、よく分からない。ぜひ説明してほしい」と批判する。

 開催の可否を巡って旗幟(きし)鮮明ではなかった国内メディアに最近、動きがあった。信濃毎日新聞社が5月23日付の社説で、西日本新聞社は同25日付の社説で、それぞれ中止に言及したのだ。オフィシャルパートナーである朝日新聞社も、同26日付の社説で今夏の開催中止を首相に求めた。「人間の生命にかかわる大問題だとの声が四方八方から上がり、メディアとしてこれ以上無視できないと思ったのではないか。権力監視がジャーナリズムの原点ですよ」。海外メディアの懐疑論も活発だ。米国の有力紙「ワシントン・ポスト」はIOCのバッハ会長を「ぼったくり男爵」とやゆし、中止を提言している。

ちなみに、信濃毎日、西日本と聞いてピンとくる向きは少なくないだろう。戦前、軍部批判のペンをふるう反骨の新聞人がいた。信濃毎日の桐生悠々(1873~1941年)、西日本(当時は福岡日日)の菊竹六鼓(1880~1937年)。菊竹の反ファシズム論を巡っては、福岡日日の社屋上空を戦闘機が威嚇飛行したという話も伝わるが、真偽は不明である。

 谷口さんが五輪に関心を持ったのは、週刊誌記者をしていた1980年夏のモスクワ大会だった。第二次世界大戦後の52年夏のヘルシンキ大会から五輪に参加したソ連は、60年夏のローマ大会で最多の金メダルを獲得してスポーツ大国にのしあがり、誘致に成功した。社会主義国では初めての大会で、当時は東西冷戦のまっただ中。冷戦構造に変化が起こるのではないかという期待があった。「IOCをはじめ、多くの人が興味を抱いていた。大会を開催すれば、ソ連の現実を知ることができる。私も注目していました」と言う。

だが、米国のカーター大統領がソ連のアフガニスタン侵攻を理由に、モスクワ大会のボイコットを西側諸国に呼びかけ、日本もそれに追随。日本オリンピック委員会(JOC)は臨時総会で五輪不参加を決めた。「政治的対立を乗り越えて開催することで、国際協調主義の実現と大会成功が期待されていたが、カーター大統領がボイコットに出て五輪の存在意義を否定した。五輪の理念、平和主義はふっとび、政治によってずたずたにされた」と解説する。

 誰のための、何のための五輪なのか――。そんな疑問を抱き、谷口さんは84年夏のロサンゼルス大会から96年夏のアトランタ大会までの夏季4大会で現地に赴き、スポンサー契約、テレビ放映権といった五輪ビジネスの裏側などについて取材を重ねた。IOCは76年夏のモントリオール大会が赤字となり、立候補地が集まらない危機に陥ったが、状況を反転させたのが84年夏のロサンゼルス大会だった。スポンサーを1業種1社に絞って広告価値を高め、テレビ局から高い放映権料を得るなどして黒字化に成功したのだ。

市場経済にのみ込まれていった五輪を目の当たりにした谷口さんはこう振り返る。「ロサンゼルス大会は商業主義が露骨。ショーアップもすさまじかった。IOCも五輪ビジネスを展開し始めた。これで五輪の質は変化した。五輪の歴史を振り返る時、モスクワとロサンゼルスはエポックメーキングな大会ととらえています」

 いよいよ谷口さんの弁舌に熱がこもってきた。眼鏡の奥の目をギラッとさせつつ、近年の五輪への失望を隠さない。「五輪自体、もういらない。やめたほうがいい。そうしないとスポーツが殺されてしまう。政治利用や商業主義を排除することなど、できっこないのだから」

 ここで改めて東京五輪への賛否を問うてみた。「オリンピックが理念を喪失して形骸化し、政治利用されるだけだとすれば、東京五輪は中止すべきです」。五輪の理念とは、「近代オリンピックの父」と呼ばれるクーベルタン男爵が唱えたものだ。近代五輪の父はスポーツを通じた人間教育、選手の交流を通じて平和な世界の実現に貢献することを目指した。

 その理想が絶えず試練にさらされてきたことは周知の事実である。五輪は戦争のため夏季と冬季で計5度、中止の憂き目に遭うなど政治に翻弄され、商業主義、果ては勝利至上主義まで持ち込まれた。「もし100年後に生まれ変わったら、自ら苦労して築いたものを破壊するかもしれない」というクーベルタンの言葉を引用し、谷口さんはこう言う。「あの予言は象徴的。生まれ変わっていたら、とっくに壊してるだろうね」

 毎日新聞と社会調査研究センターが5月22日に実施した全国世論調査では、東京五輪・パラリンピックについて「中止すべきだ」が40%で最も多く、再延期が23%。海外からの観客を入れずに開催する現在の方針を妥当とする人は20%、無観客で開催は13%だった。「再延期と言う人はコロナ下での開催は無理というだけで、『五輪は良いもの。延期してでもやる意味がある』と思っているのです」。中止と再延期はひとくくりにされるが、谷口さんは「再延期=開催自体に反対ではない」と鋭い指摘を入れる。

 気を取り直すようにして、谷口さんはこう話した。「この機会にもう一度、誰のためのスポーツなのかと見直し、すべての国民、市民が主人公となるスポーツ活動ができる世の中をどうつくるかを考え、一から議論しなければいけない」。クーベルタンの理想からかけ離れ、パンデミックの中でその意義が問われる今だからこそ、改めて五輪の原点をすべての人が考える必要がある。【福田智沙】

 ■人物略歴

谷口源太郎(たにぐち・げんたろう)さん
 鳥取市生まれ。早大中退後、講談社、文芸春秋の週刊誌記者を経て、フリーランスのスポーツジャーナリストに転身。著書に「スポーツを殺すもの」「スポーツ立国の虚像」(いずれも花伝社)、「オリンピックの終わりの始まり」(コモンズ)など。

記事引用 https://mainichi.jp/articles/20210609/dde/012/050/013000c

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