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第四話 携帯電話

 昼間の電車はすいている。
私が乗り込んだ車両は、数人がパラパラと離れた座席に座っているだけだ。
私も適当な座席に腰を下ろすとシャカシャカと何か音が聞こえてきた。
音源を探すとむかえに座っている大学生らしき青年のイヤホーンから漏れている音楽だ。
あんなに大きな音で聴いていたら耳が悪くなりそうだ。
その青年は、イヤホーンの音にリズムを合わせて軽く体を揺らしながら携帯ゲームに夢中になっている。
 次の駅で数人が乗り込んで来た。
私の並びには、六十代半ばと見受けられるおばさんトリオが座った。
案の定、

「うるさいわね。あの男の子よ。」

「ホント!非常識ね。」

「ちょっと注意してやりましょうよ。」

と、むかえの青年を睨んでいる。青年はといえば、自分の世界に入り込んでいる。
その青年の前におばさんトリオのうちの一人が歩み寄り

「ちょっと!うるさいですよ。電車の中なんだから静かにしてちょうだい。」と言った。

勇気あるなぁ。逆ギレされて殴られでもしたらと考えないのかと思いつつ、私はそっと観察する。
青年は、自分に何か言われたのだろうと察したのか耳からイヤホーンを外した。
青年に聞こえていないとわかったのか、青年のキョトンとした顔にとぼけていると腹を立てたのか、おばさんは、更に強い口調で「うるさいと言ってるのっ!」と息巻く。
キョトン顔のままの青年の口は「はぁ。」と動いたように見えた。

「わかった?公共の乗り物なんだから、マナーを守りなさい。音は小さくして。」

言い捨て、おばさんは席に戻った。
青年は、何事もなかっようにイヤホーンを耳に戻したが、ボリュームは下げたようだ。

「よく言ったわ。偉い!」

「本当に、最近の子はマナーがなってないわね。」

「親の教育がなってないのよ。」

おばさんトリオは大声で教育論を語り合い始めた。
あんたたちの声の方がうるさいんですけどぉ。
それからおばさんトリオは、最近の若者と携帯電話について討論会をしつつ、車内の人々のチェックをする。

「ほら、あの子も携帯電話見てるわ。」

「斜め前に座ってる人も。あの人、若くないわよ。若くなくても、携帯電話ずっと触ってるわね。」

「若くないと言えばあそこの会社員みたいな人。五十歳くらいかしら。それでもずっと携帯電話見てるわよ。」

「五十歳じゃないでしょ。白髪が多いから六十歳じゃない?」

「白髪でも携帯電話は好きなのね。」

大きな声はきっとご本人たちにも聞こえていることでしょう。
髪の毛と携帯電話とに何の関係があるのだと心の中でツッコミを入れていたら、突然、大音量の着信音。
これはまたおばさんトリオの標的になるぞ。誰だ?

「はいはい、もしもし。まだ電車やねん。」

私の隣りから聞こえてきた。おばさんトリオのうちの一人だ。

「遅れて、ごめんねー。山本さんと田中さんも一緒にいるのよぉ。代わるわ。」
携帯電話は隣りへ移動。

「三人で喋ってたら快速に乗り換えるの忘れてたのよー。ちょっと待って、山本さんにも代わるわね。」

「もうすぐ着くわー。次の駅だからあと5分くらい。」

「あっ!着いたわ!どこにいるのー?え?車掌の放送がうるさくて聞こえないの。大きな声で言って。改札?はいはい・・・。」

などと叫びつつ山本さんは田中さんと携帯電話の持ち主と共に降りて行った。

 おかげで、車内はやっと静かになった。

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